nienya was re melion[新たな希望]-01




夢の中に一人の少女が居た。年端もいかぬ、小さな少女。桃色の髪を持ち、凄烈な紫水の瞳を持つ少女。
彼女はいつも一人、大扉の前に立っていた。
竜の彫刻が掘られ、古の古代文字が刻まれたその扉は何処か別の世界に繋がっているのではないかと思うほどだった。
桃色の髪が風に弄ばれる。彼女の唇は何かを紡いでいるようだが何を言っているのか分からない。
いつも自分は彼女に何を言っているのか、問いかけようとする。彼女はしつこいなと笑い答えるも音はない。自身の発している言葉すら聞こえない。するといつもそこで暗闇に光が差し込み、少女を包む。とても眩く、目を開けているのが困難なほどの光だ。そしてその光が完全に彼女を包み込んだその時、いつも夢はそこで終わる。

この夢は幼い頃から見ていた。これが毎回見ていたものと同じ全貌かと言うとそういうわけではない。時には古の都、時には白い花畑、時にはエルフの里というように場面場面が違う。しかし、この夢には共通することがある。この後、イシュガルの軍がやってくるということだ。

彼は寝台の上で大きく息を吐き、思い体を起こす。故郷に久方ぶりに帰ってきたばかりだというのに、なんて不幸な夢を見てしまったのかと痛む頭を抱える。この、偽りの楽園都市エデンにイシュガル軍がやって来る前に発たねば。彼をそう急き立てていた。

壁に掛けていた長衣を肌着の上から纏い、帯を閉める。その上から貫頭衣の止めを繋ぎ、腰に愛刀を下げる。
どうして今回に限ってこうも早いのか、イシュガル軍を憎みたくなってくる。
彼、レイメは各地を点々とする旅人である。しかし旅人とは言えども故郷を持ち、家すらもある。定期的にエデンにある住まいに帰ってきている程だ。
レイメには代々引き継がれる約目があった。それは、レイメの一族に伝わる一つの鍵を守ることである。何故かは知らない。それは自身だけでなく父も母も、祖父も曽祖父も知り得ぬことだ。彼らに分かることはただ一つ、その鍵を守り抜くことだけだった。
とはいえ、最初から旅をしていたわけではない。レイメは物心ついた時から旅をしていたが、旅の始まりは父の代からである。鍵の強奪を目的としたイシュガル軍にエデン北部にある村を焼かれてからのことだ。それから父は各地を転々とし、いつしかレイメ自身も各地を転々とする生活をするようになったのだ。

痛む頭を無視してドアノブに手を掛ける。すると、レイメが捻るよりも先に、それは捻られた。入れたはずの力が中途半端に流され、開くドアにバランスを崩される。木の扉一枚先に居たのは幼馴染みのセシリアだった。
不意に、悪意もなくセシリアの豊満な胸に顔を埋める形となる。セシリアはドアを勢い良く開けるタイプの人間で、本当にそれは事故だった。不可抗力だった。こんな旅の始め方があるものかと、必死に自己防衛本能が頭の中で働く。一方、セシリアの体は自己防衛本能が働いた。「おはよう」の「お」の字だけ第一声として放ち、後続に続くはずの「はよう」の代わりに「変態」という言葉と平手が浴びせられた。

「ていうか、あんたのその格好は何よ?!」
「いや、あの……新天地に行こうかと……」
「え、バカなの?昨日帰ってきたばかりじゃない」

赤らみ熱を帯び始める頬を摩り、密かにエデンを出ようと足を進める。その手をセシリアが(女とは思えない)力で掴み、進もうとする足を止めさせる。

「あの、セシリアさん?あの、俺そろそろ行きたいんですけれども」
「何よ、理由くらい聞かせなさいよ」
「だから新たな新天地をですね」

背後の恐怖に本能が、振り向いてはいけないと訴えかけてくる。振り向いたら暫くは発てなくなるかもしれない。
セシリアは気付くだろう。レイメの体の異変に。顔をしかめたくなる頭痛を必死に隠し、意図を隠し、その代わり早く行かねばイシュガル軍に追い付かれてしまうという不安がこみ上げてくる。そうなればエデンが焼かれることは必至だ。そうなる前に発たねば。ああ、早く。早くしなければ。


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