7-7 / 絶望の果てに

ただ、当たり前のことを望んだ。
それは日々を生きること。
たったそれだけだ。


白磁の大理石の巨大な柱の先、円形に造られた議会の中、喧騒が絶やされることなく議論が飛び交う。
中央に設けられた発議する場所に向かって、四方から罵声が飛び交う。

「ご静粛に、ご静粛に」

狐のような笑みを浮かべた男は数度、手を叩く。
今中央に立つ男を退け、杖を譲り受ける。

「これを持つ者の言葉を遮ってはいけない、お忘れですか?」
「いやぁ、ご苦労様でした。ゆっくりと休んでください」
「ご苦労様でした、じゃないよ、全く…」
 彼と同じ茶髪の髪を後ろに撫でつけた男は、もう嫌だと小言を漏らしながら、壇を降りた。
「ここからは私が説明しましょう」
 眼鏡の奥で、焦げ茶色の瞳が光る。
 つい先ほどまで大きな喧騒の嵐だった議場は一斉に静まり返った。代わりに、小さな小言が飛び交う。
「…とんだ厄介者が帰って来たものだ」
「恥知らずのなり上がりよ…」
「え〜、いいですかね。静かにしないなら、古来の法を適応させて、法律違反で処しますが?」
 男は不敵に笑う。
「それは貴様のような余所者が所有しない権利だ。なぁ、ローク?」
「五月蠅いですねえ……しかし貴方に付き合ってあげられるほど、事態は良くないんですよ。残念ながら」
 ロークは杖を打ち付ける。
「どうやらエデンの陥落は事実のようです」
「なんだと?!」
「我々の願いが込められたあの場所が…」
 議場から再び大勢の声が上がる。
「エデンと細々としたものを除けば、まだイシュガルはかの大陸から出てきていませんが、それも時間の問題でしょうね。国境付近では頻繁にオークやゴブリンと言った種族が出没しています。それに、エデンには敵の砦が築かれつつあります」
「ならば直ぐに兵を出すべきではないのか?」
「それを渋っているのはどこのどなたですか」
 ロークの的確な指摘に別の議員は言葉を詰まらせる。
「しかし軍の招集は王だけが持つ権能だ。我々が犯してはならない領域だ」
「ええ、もう聞き飽きました。因みに我々が一番厳守しないといけない10の律法には、王の持つ権利を侵害してはならない、なんて書いてありませんけどね」
 一言多く付け加える。
「それにエデンの陥落もそうですが、もっと深刻なのはイルの復活です」
「あれはただの神話にしか過ぎない!とんだ戯言を…」
 頭髪を全て剃り落とした男は鼻で笑う。
「本当にただの神話だと思っているのですか?」
 ロークの瞳が細まる。杖を握る手は、少しばかり力が込められていた。
「ではそれを証明できる者はいるのか?エルフの言葉か?あの劣った種族の言葉を信じるのか?それとも学のない弱小国の言葉を信じるのか?いずれにせよ、我々アクラガスが劣った者どもに負けるはずがない。為政者がおとぎ話を信じるとは、世も末よ」
「私はあなたに学がなさ過ぎて心配ですけどね」
 クスリと嗤う。
 しかし、イルという神話は、今はもうおとぎ話に過ぎなくなっていた。その事実を歴史として知る民族は、エルフや一部の魔族にしか過ぎない。また、人間から見て劣った種族だと見做しているゆえに、虚言だと考える者も少なくはなかった。
 更に、そのように考えるのは、大国と呼ばれるような国では顕著だった。
 アクラガスの場合、このガイアに於いて最も強大な軍事国家として、今や君臨している。そのガイアの主と言っても過言ではない状況下で、あらゆる民族、あらゆる国から搾取して、日々を食いつないでいた。すると、かつてのように神を拝むことは次第に忘れ去られ、彼等の信仰はアクラガスという国そのものへと、貴族を中心にして移り変わっていた。
「イルが復活したかどうか、という問題は一度おいておきましょう。それよりもっと深刻な問題があります」
「エデンの陥落以上の衝撃があるというのかね?」
白髪の議員は、あくまでふてぶてしい態度を取る。
「ヒルディエントという王をご存知ですか?」
 議場が一瞬にして凍てつく。まるで禁忌を犯したかのような反応だった。
「為政者なら誰しもがご存じのはずです。神を信じていらっしゃらない方でも、流石にヒルディエント王くらいは」
「その名を口にすることは許されておらぬ」
「たとえ、この国を創り上げた英雄だとしても?」
 今のアクラガスを建国したと言っても過言ではない、伝説上の王、ヒルディエント。彼は第2世紀末期の人物で、息絶え絶えになっていたアクラガスを再建した者として語り継がれている。しかし、彼は第2世紀末の魔導士であり大罪人であるイルの味方をしたが故に、彼の王妃の手によって断頭台に掛けられたと伝えられている。
 しかしこの神話は、為政者や、貴族にしか伝えられていない神話だった。何故なら、世界にとって共通の敵であるイルの仲間だったからにほかならない。アクラガスは大国でありながら、罪人によって建国された、この事実を忘れようとした結果だった。しかし己のアイデンティティを知るうえで、“われわれと他者”は切っても切り離せない。故に、一部にしか語り継がれていなかったのである。
 アクラガスはこのようにして建国されたのだが、現在のような地位、名誉を手にしたのは第3世紀になってからであった。その頃になると、エルフでさえも卑下される民族へと成り下がってしまった。



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