7-6 / 絶望の果てに
「まさかそれで本当に教えちゃったの??」
「……それしかなかった。ララノアをこれ以上苦しめたくなかった。いや、本当は私自身が苦しみから逃れたかった……。奥方の居場所を言えば仲間の屍肉を喰わなくていい、そのための口実に過ぎなかった」
リュネイセルは目を伏せる。
「森は死んだ。私の責任だ…」
「でも急げば間に合うかもよ?そのためにロームングルにお願いしてるし。さすが僕」
エマはない胸を張る。
「それにこの辺にオークとエルフの中間種族の死体が転がってたから、まだ少しは明るいと思わないかい?」
顔を綻ばせる。どこからそんな自信が湧き出てるのか、不思議なくらいだ。
しかし一方でリュネイセルの顔は暗いものだった。
「奥方の住処まではどれくらいある?」
「ここからだと、歩いて3日ほどだ。…奥方を助けられるのか……?」
エマは自信満々に頷く。
「僕を誰だと思っているんだい?僕は天下のエマ様だぞ!」
レイメは苦笑する。誰もエマを天下人として認知していないだろ、と心の中でため息ついた笑いだった。
「まぁ、ロームングルさんが先に走ってるしな!」
「…そうか……ロームングルか……」
リュネイセルはゆっくりと瞼を閉じた。
「少しだけ休むといい。でも進まなきゃ」
エマとローエンの視線がレイメに注がれる。
「……そうなると思ったよ」
レイメは長いため息をついた。
焼き爛れた脚を引きずりながら、女は這う。
千々れた髪からは以前の面影を想像出来ない。全身に刻まれた裂傷からは真っ赤で色鮮やかな花が零れている。顔は涙と涎、そして土で汚れて醜い。後ろから追う人間から与えられる鞭によって、女は虫のような息を吐きながらも目的を目指されるを得ない。
女の足が止まる。すぐさま女の口からは許しと命乞いの言葉が綴られるが、誰にも届かなかった。
女の先に広がる世界は、先程までとは全く違かった。生きとし生けるものがまだそこにはあった。
木の実や、湖に浮かぶ花々が光を灯す。
とても小さく、海月のような衣装を身にまとった精はそれを翻して踊る。
羊と山羊の従者は湖に花を浮かべ、祈りを捧げる。
湖の中央には巨大な貝に、大小、色も様々な花で飾られた住まいが浮かぶ。そこでは海月のような頭部を持つ、青肌の女神が、美しい歌と、祈りと、哀悼を捧げていた。
即ち、女のの目の前に広がるその場所は、森の奥方スエルンの住まいだった。
道化は唇を歪める。
「いやぁ、教えてくださってありがとうございます。あなた方には感謝の気持ちしかありません」
足元で女は嗚咽を零す。
許されないことをしてしまったという罪悪感と、死にたくないという二つの気持ちが、入り混じっていた。
「しかし、恩人を裏切った貴女を処罰しなければなりません」
「…?!」
女の顔が恐怖に染められる。真っ赤に腫れ上がった手を胸元で合わせ、音の出ない口で必死に命を乞う。
「裏切り者には罰を。しかし約束は違えません」
道化は嗤う。
「やりなさい」
「はっ」
一人のアクラガス兵が、女の髪を乱暴に掴む。
女は身を捩り、抵抗を試みるも、あまりにも無力だった。
「貴女は被害者。しかし、私も被害者。私達は同じ、でも違う」
女の瞳が虚空を見上げる。股から足へと生暖かなものが広がる。
虚空には巨大な三日月が浮かんでいる。それは鈍色で、とても冷たい。
「それではどうか、安らかに」
世界は真紅に染まる。そこでようやく、手枷が外された。
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