7-4 / 絶望の果てに
「その前になぜイルがここに居る?まさか、鍵の封印は解けたのか」
「いや、解けないよ。身体だけさ。だから僕はイルじゃないよ、エマさ」
「……そうか」
疲れ切ったように息を吐く。
「私はリュネイセルだ。助けて頂いた礼を言おう。…そなたらは?」
「レイメです。あの、腕……ほんと、すみません」
「ローエンだ」
視線を泳がせた先のローエンは知らん顔を決め込んでる。実際にリュネイセルの腕を切り落としたのはローエンだ。
しかし、当の本人はあまり気にしていないらしい。
「あともう1人ロームングルっていう家来と、イルヤっていう龍と、ミフルっていうお狐さんがいるよ!」
エマはふふんと鼻を鳴らす。
「で、何があったのか、お聞かせ願おうか」
ローエンは早速本題に入ろうとする。
リュネイセルは眉を潜める。口を開くのを躊躇うように、重々しく鮮明に残る記憶を口にした。
一つの命が死んだ時、一つの歌が止んだ。
「リュネイセル様!リュネイセル様!」
森の間に築かれた邸宅を、1人のエルフが騒々しく走る。
古い書物と向き合っていたリュネイセルの視線は必然と同胞の下へと向けられる。
「どうした?また奥方が1人で何処かにお出かけになったのか」
「奥方もそう、ですけど……馬が1匹」
「馬……?」
眉根を潜める。
「主の死体を乗せて、馬が……」
「まさか…案内せよ」
「は、はい!」
リュネイセルが屋敷の外に出ると、大きな人集りができていた。エルフたちはリュネイセルに道を開け、その先には里の入口に同胞の死体が転がっている。首が無いだけならまだよかった。その死体は幾重もの裂傷、乳首に刺された針、胸元は何かに刺されたのか血を滴らせている。指はなく、足は原型を留めているものの皮がない。そしてその死体に男性器はなく、股間は血塗られていた。
女のエルフが咽び泣く。あるエルフは恐怖を思い出す。ある者は仇討ちを叫び、ある者は自ら命を絶とうと怯える。
そしてリュネイセルがその死体に触れようとした時、幾つもの炎の散弾が降り注いだ。
「皆の者逃げよ!!」
森の先から騎馬が駆け抜け、瞬く間に里は赤い海が広がる。女を守ろうとしたエルフは燃える木に括りつけられ、生きながらにして焼かれ、逃げる者も馬に数度踏みしだかれてようやく死んだ。
抵抗をする間もなかった。そもそも逃げ道もなかった。一瞬にして捕えられ、皆奴隷のように、縄に括りつけられた。
「いやいや、すみませんねぇ。手荒な真似をして。しかし大人しく従って頂ければすぐ解放して差し上げますので」
道化師のような笑顔を浮かべた人間が丁重に頭を下げる。
咽び泣く女を男が宥め、肩を寄せ合う。皆恐怖に怯えていた。
「目的は何用だ…」
「何用だ、ですか」
道化師は笑う。
「ほぅ、やけに強気ですねぇ」
道化師はリュネイセルを品定めするように一周する。そして、背後に立ち、軍靴で頭を叩き伏せた。
エルフの間にどよめきが走る。
「リュネイセル様!」
「何用だ、じゃないでしょう?どちらが上なのか、履き違えていませんか」
頭を踏みにじられ、額を地面にこすり付けられる。強く打ち付けた部分の皮膚が裂け、そこから血が滲み出る。
「恩を忘れた人間め…」
道化師はクスクスと笑う。
「しかし先に裏切ったのはあなた達でしょう?それでいて被害者面ですか、反吐が出ますね」
肩を蹴りあげ、胸元を踏みにじる。
「カッ……!」
「しかしこのクソくだらない闘争ももう終わりです」
肋骨が軋む。戦場から離れて長いエルフの肉体など、現役の兵士すれば脆いものだった。
「スエルンは何処にいらっしゃいますか?大人しくお教えして頂ければこれ以上のことはしません。約束します」
「奥方を……」
「奥方をどうするつもりですか!」
1人の女のエルフが叫ぶ。
華奢な身体は小刻みに震えていた。
道化師は細い瞳を開け、ほくそ笑む。
「戦いをおわらせるために、尊い犠牲になって頂くだけですよ」
誰しもが言葉を詰まらせた。"奥方"を想う気持ちと、その後の絶望を知って、二つの感情が言葉を詰まらせた。
[ 43/51 ]