03 / Lose was re enknow [呼ぶ声]

エマのセンスない案にテウメッサは今までにないくらい、嫌そうな顔をする。挙句イルヤが馬鹿にする始末だった。しかし、レイメが「ティウネ(太陽)は?」と言うと更に嫌そうな顔をした。これにはさしものレイメも心が折れかけた。

「早く行くぞ」

「えーっ!狐さんの名前決めてるからちょっと待ってよー!」

ローエンは長く息を吐く。

「……ミフル」
「エカチェリーナ?」
「ミ・フ・ル!こいつの名前はミフルだ。これ以外認めねェ」

「さっさっと行くぞ!」

レイメとエマが互いに見合わせる。珍しく感情的だった。
テウメッサが主の肩によじ登り、甘えるように鳴く。それに習い怪竜も鳴くが、重いからという理由で肩へは乗せてくれなかった。暗く沈む。

「イルヤは大きいからね…」

苦笑するレイメに、怪竜は力なく尾で足を叩いた。心は重く、深く、気力など出ない。主たるロームングルはイルヤに対して慰めの声などかけない。彼は頭を軽く撫でてやるだけで、イルヤに頬ずりさせることを許さない。

エマが不満の声を漏らす。

「絶対エカチェリーナとかエリザベータとかの方がいいよー」
「いや、絶対ない。ティウネの方がいい」
「そっちの方がないって!」

ローエンの足が止まる。森を抜け、立ち止まった。先に広がるは複雑に絡み合う巌の渓谷と、朱の川だった。ガイアの生命の血脈とも言えし大河が流れている。これを人々はかつて大河ユーゲンレディアと呼んでいた。
数多の竜の声々が響く。数多の巨獣の声々が木霊する。甲高く、或いは雄々しい。レイメも言葉を失った。

「本当なら"静"のユーゲンディアを通りたいところだけど、三途に会うにはここを通って行った方が近いからねぇ…」

煮えたぎる焔が泡を吐き、天高く噴き出す。

「クトゥグアはまだ生きているみたい」

炎湖が大きな流動を描き、炎骨の鉤爪が山に杭打ち刺さる。牛のような角に、獄炎に包まれた牛のような頭骨が覗く。三つの瞳が光り、首を閉める鉄輪から赤水が滴る。鎌首を擡げ、全部で八ある肢が湖から這い出る。巨大な翼をはためかせ、飛び立つ。ガイアの血が吹きすさび、木々をしならせる。

エントが声高々に吼える。熱風が木々の間をうねり、葉をわずかに焼く。クトゥグアはけたたましい咆哮を上げ、それは遥か彼方へと届けられた。

「……おいクソチビ、本当にあんなデカブツがいるような危険な道を通るわけじゃないだろうな?」
「そだよ?まさか怖気づいちゃったのかな?かな?」
「当たり前だろうが。俺は自分の命が惜しい」
「素直でよろしい!」

「ま、見ててごらんよ。とにかく凄いから」

「耳塞いだ方がいいかも」

テウメッサことミフルは小さな手で耳を塞ぐ。レイメとローエンは互いに顔を見合わせる。ロームングルですら耳を塞いでいる。刹那、鼓膜を貫くような哮りが迸った。

渓谷を越えた遥か東の彼方。タコのような頭部に幾重にも絡み付いた封呪の布が顔を隠している。口の部分に無数の触手が垂れ下がり、その下に無数の皮膚繊維が檻のように癒着した口が覗いている。
体は全体を覆う甲殻は身の自由を奪い、背からは水の翼と水球が讃えられている。あまりにも巨大な姿は数キロメートルも先であるのに、目視できるほどのものだった。
エマはその化け物をクトゥと呼んだ。

クトゥは再び声帯を戦慄かせた。今度は衝撃波のように広がり、まるで耳元で雷鳴が轟いたかのような感覚を覚えさせた。今度は耳を塞いだとはいえ、意識が遠のいていく感覚が支配しようとしてくる。視界が二重、三重とフィルムがズレて映り、白く曇る。レイメは膝をつき、頭を抱える。

「今度はもっと強烈なのが来るよ。……ロームングルは特に気をつけてね」

エマのその一言は、次は恐らく死ぬであろうことを確信させた。

「……ガイアの生命の鼓動は、二つの命を生み出した」

クトゥグアは顎を開き、巨大な炎球を生成。胸腔が赤々と煌めき、翼に黒い紋様が筋走る。
一方クトゥは翼を限界まで開き、水球に全ての力を注ぎ込む。同様に甲殻に紋様が現れ、クトゥを縛る封呪が反発し、赤雷を放つ。

「互いに対極に位置する二つの生命。猛き燃ゆる"動"を司るクトゥグア。静かなる水を讃えし"静"を司るクトゥ」

力の余波が伝わり、木々がざわめく。森の獣は巣穴へと逃げ、或いはエントに抱かれる。




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