06 / Couver rs Mol-gouce shardain.[死の砂漠]
男は逃げるようにして夢から目覚めた。脳裏に焼き付くは恩人とも言える人を殺したその瞬間。無抵抗の人間を殺した。雨の悪夢を見た。
手にこびりつく血の感覚は抜けず、触覚だけが夢の延長線上にあった。
吐き気を催すその感覚を隠しきることはできない。また、胃液の変わりに渇いた咳を吐き出す。
「大丈夫か?あんた相当うなされてたぞ。それこそ俺の手を握り締めるくらいな!」
勝ち誇ったようにレイメは胸を張るが、男が向ける視線は冷ややかだ。
「……証拠は何処にある?証言以外の確かな証拠があるのか」
さながら子供のような言い訳に、流石のレイメも口を篭らせざるを得なかった。それは一見幼稚に見えるが的確ではあったのである。
「ところで、俺が寝てからどれくらい経った?」
「軽く3日くらい」
「……そうか。3日か」
「!」
男の刀身が閃く。壁の向こう側からは呻き声と、僅かに染みる血。ゆっくりと引き抜き、血を払う。ドアを蹴破り構える。外には無数の兵士が取り囲んでいた。双頭の鷲に獅子の体を有する獣を羽織るマントに刻まれている。それは彼の大国、このガイアの中で最も強大な軍事力を持つアクラガスのものだった。
男は軽く舌打ちをする。
「暑いのにご苦労なこった。よほど暇と見える」
「黙れこの反逆者が!裏切りの一族は裏切りしか働かぬと見え…」
一兵士の首がゆっくりと落ちた。体は力を失い倒れ、砂塵を巻き起こした。レイメには何が起きたのか分からなかった。ただ、敢えていうなら男の太刀が新たな血を吸っていた。
「その剣戟は劣らず、かローエン。久しぶりだな」
「できればお前に会いたくなかった、ルシエン」
茶の髪が靡く。口元は滑稽と言わんばかりに歪み、瞳は人間に対して向けるものではなかった。そう、例えるなら奴隷に対して向けるものと同じようなものだ。
その瞳が真摯に彼に向けられる。男の手は僅かながらに震えていた。
「おい白髪。あの馬鹿二人は」
「いや、ちょっと出てくるって言ってどこか行った」
「そうか。どのみちこいつら殺さんとお前にも道はない」
「みたいだ」
大典太の切っ先をルシエンに向ける。男の背を軽く叩き、小さく笑った。
ジャバウォックの戦慄きがかすかに聞こえる。それは次第に近付き、大きなものとなる。
「Ruth emph.(ルトゥ エンフォ:やばいね)」
「Couth e retta.(コウズ エ レッタ:追ってきたか)」
「当たり前だ。彼らには君が必要なんだ」
ポリュペイモスの小さな足が砂漠の砂を踏みしめる。小人族のその少年の手には槍がしっかりと握られている。数多の竜の血を吸ってきたその槍は様々な色の血脈が刃の中で蠢いている。
屠竜槍オッタル、己の二倍以上の長さを持つ槍だ。
「そして僕達にも!」
オッタルの刀身とグラムスの刀身が火花を散らす。
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