「……」
さっきから無言でこっちを睨んでくる。
でも今日ばかりは作る気になれない。
今日はバレンタインなのに奇跡的に仕事が休みだった。
でも王子様のシモベに休みなんかあるはずもなく、珠樹が家に押し掛けてきた。
そして一言。
「とびっきり甘いチョコレートケーキを作れ」
いつもなら凄く嬉しいし直ぐにケーキを作るけど家に押し掛けてきた珠樹は制服姿。
しかも鞄からチョコらしきものが山ほど出てきた。既に半分はゴミだったけど。
店の中では俺のケーキだけを食べてくれるけど一歩外に出たら珠樹に甘いものを貢ぐ人は沢山いる。
その現実が悲しくて辛くて。
こういう気持ちで作っても美味しいケーキは作れない。
「……おい、何で作らねぇんだよ」
「珠樹、ここに来る前に甘いのいっぱい食っただろ?食い過ぎ」
「そんな事ねぇよ。いつもこれぐらい店に行く前に食ってる」
やっぱり。いつも他の人にも貰ってるのか。
シモベでさえ、俺の代わりが居るんだ。
「じゃあもう、俺が作らなくても良いだろ」
自分の言葉に驚いた。
こんな事言う筈なかったのに。
慌てて顔を上げて弁解しようとしたけど遅かった。
珠樹は明らかに怒ってる。
「本気で言ってんのか?」
初めて聞く低い声に返事が出来ない。
たまに怒ったりするけどその時とは比べ物にならない。
本気で怒らせた。
「そんなの、駄目だ!」
「っ!」
強い力で腕を掴まれて動けない。
睨んでくる目は怒ってる筈なのにどこか寂しそうで。
「お前はっ、俺のシモベでずっと俺にケーキ作るんだよ!お前がワガママ聞いてくれねぇとっ…」
「たま、き…?」
腕を掴んでた手の力が抜けて俺の肩に重みを感じる。
こんな珠樹は初めてだ。
いつもワガママで自分至上な珠樹は何処行ったんだよ。
「何で…何でお前にワガママ言ってるか分かるか?」
「…シモベ、だから?」
この返答は間違いみたいで肩に頭突きされた。
でも他に何でワガママを言うのかって聞かれても思い付かなくて考えてると珠樹が口を開いた。
「ワガママを言えば神楽は構ってくれんだろ。ガキだし店長とは正反対だし…俺はこんな方法じゃねぇと神楽の気を引けねぇんだよ」
「ちょっ、待って!えっと…何で店長?」
「何でって、お前店長が好きなんだろ。店に行っても俺が呼ばなきゃ来ねぇしそのくせ店長と楽しそうに話してるじゃねぇかよ」
それはハーレムを間近で見るのが嫌で、それに店長と楽しそうに話してるのはだって珠樹の事を話してるからで…って、ちょっと待って。
「珠樹は何で俺が珠樹のワガママを聞いてるか分かってる?」
「んなの…弟みたいなもんだからだろ」
俺の肩から上げた顔は拗ねた表情をしてる。…可愛い。
じゃなくて、まずは勘違いと解かないと。
「あのさ、俺は店長の事は尊敬してるけど好きとかそういうのじゃないから。楽しそうなのは…いつも珠樹の話をしてるから。」
「神楽…」
「あとワガママ聞くのは聞かないと傍に居てくれないんじゃないかって…」
「そんなわけないだろ!」
「だって聞かなきゃ帰るとか言うだろ」
「それはっ…聞いてくれなくてその…拗ねてつい…」
言いづらそうに視線を逸らししてるのが何か可愛い。
ワガママ言わなくても俺は珠樹の傍から離れたりしないのに。
「……じゃあ、ワガママ言わなくてもこれからも俺の傍に居てくれるか?」
「遠慮するなって。お前のワガママもちゃんと聞くし勿論、傍にも居る」
理由さえ分かればワガママさえも可愛くて愛しくて仕方ない。
これからも相変わらず王子とシモベみたいな関係だと思うけど、コイツが俺を求めてくれるなら幸せだ。
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