#溢れる愛おしさ
『カナンは私が殺しました。』
誰が想像しただろうか。修行をした当初は南海生物さえ怖がっていた莉亜が、人を殺したなんて。加えて莉亜の侍女であったカナンだ。莉亜が殺すなんて信じられるはずがない。
「な、何かの間違いだろう?君がカナンを殺すはずがない。」
『……、』
もうやめて。思い出したくない。血の匂いも肉が切れる音も体の全てにこびりついているんだ。
『うっ…、』
脳裏にカナンが死んでしまう時の記憶が浮かんだ。その度吐き気が私を襲う。血塗れになったカナンが生き絶えていく姿を私はただ見ていることしか出来なかった。
「莉亜っ!」
『っ、大丈夫です。少し寝ていないだけで…、』
「少しってどのくらいだ!」
『……三日です。』
というか普段もあまり寝れていない。カナンが死んだあの時から。夢を見るたび助けてと嘆くカナンが私の腕を掴むんだ。怖くて怖くて眠ることが出来ない。
「莉亜、ちょっと我慢してくれよ。」
『きゃっ!』
シンドバッドは有無を言わさず、莉亜を横抱きにして、かつて莉亜が生活していた部屋へと連れて行った。その様子を八人将は呆然と見ていたのだった。
『王様!一人で歩けますから!』
「…、」
こういう優しさが嫌いだ。また私を騙そうとしているに違いない。私はもう二度と騙されない。なんて思っているうちに緑射塔に着いてしまう。
「今日はしっかり休むんだ。」
『眠くありません。』
「そんなはずはない。人間は睡眠が必要だ。そして君が今何より必要なのも睡眠。さぁ、早く寝なさい。」
私をベッドの中へ押し込み、無理矢理寝かしつけようとする王様。本当に勘弁してほしい。私は寝たくない、またあの夢を見てしまいそうだから。
「大丈夫だよ、莉亜。君が眠るまで俺がいるから。」
『…また、そう言って…だま…す…、』
つもりですか、とは最後まで言えなかった。自分でも信じられないくらいの早さで眠くなってしまったから。悔しい、ここがとても居心地の良い場所だと思ってしまうなんて。
「カナンを殺した…なんて嘘なんだろう莉亜。君の瞳は悲しみに満ちていた。そんな子がカナンを殺せるはずないんだよ。」
ぐっすりと眠る莉亜の額に口付けをするシンドバッド。一年半以上会えなかった莉亜に愛おしいという気持ちが溢れていた。部屋を出て行くのも名残惜しと思いつつも、宴があるため部屋を後にした。
『王様……………、』
莉亜の口から優しい声で名前が紡がれたことをシンドバッドが知るはずもなかった。
((溢れる愛おしさ))