#太陽と影
白龍皇子様の瞳は、酷く憎しみを帯びていた。まるでこの前までの私のように。だからこそ、放って置けないって思ったの。
「ユ…あ、莉亜殿。」
『白龍皇子様、こんにちは。』
「こんにちは。えっと、昨日はすみませんでした。あまりにも知人に似ていたもので、貴女に不快なことをしてしまった。」
『頭をお上げくださいっ!そもそも私がややこしい顔をしているのが悪いのですから!』
煌帝国の使節団がシンドリアを訪れて二日目。紫獅塔を歩いていると白龍皇子様から話しかけられた。彼は昨日私を抱き締めたことを、相当申し訳ないと思っているらしい。
『白龍皇子様は何処へ行かれる途中だったのですか?』
「ああ、アラジン殿達に会いに行こうと思っていたのです。シンドバッド王から彼らと共に行動しろと仰せつかったので。」
『そうだったのですね。よろしければ彼らがいる場所までご案内致します。』
「いいのですか?」
『もちろんです。えと…紅玉姫様もご一緒でよろしいですよね?』
先ほどからジーっと背中に視線を感じていた。チラリと見れば紅玉姫様がこちらを刺すように見ている。何か粗相をしてしまったのかと思い苦笑いしながら話しかければ彼女は顔を真っ赤にさせて柱の後ろから出てきた。
「わっ私は付き添いよぉ!仕方ないから付いてきているだけなんだから!」
『左様ですか。紅玉姫様はお優しいのですね。』
「そっそうかしら!」
『ええ、それではご案内致しますね。』
私は白龍皇子様と紅玉姫様と共にアラジン君達がいる場所へ向かった。私が先頭を歩き、お二人が後ろからついてくるのだが、やはり視線が痛い。
『あっ、そういえば私に似ているというお知り合いの方はどんな方だったのですか?』
「えっ、そ、そうねぇ!とても優しかったわ!」
「そうですね。優しいし、いつも笑顔でした。」
『白龍皇子様と紅玉姫様がそこまで仰るならとても素敵な方なのですね。」
私がそう言えば、お二人は少し寂しそうな表情を見せた。まずい、話を変えなければ。
「莉亜殿。」
『はっはい!』
「白龍皇子様、と呼ぶのは少し距離を感じてしまいます。年も近そうですし、莉亜殿が良ければ普通に呼んでいただけないですか?」
『ええっ!でも煌帝国の皇子様ですし、私などが白龍皇子様を普通に呼ぶなど…、』
「お願いします。」
『わ、わかりました。では白龍君と呼ばせていただきます。』
「敬語も使わなくていいです。」
『ええっ!?』
白龍君は一体どうしたのだろうか。私のような者がまるで友達のように接するなんて恐れ多いというのに。
『じゃあ、お言葉に甘えて…、』
「ありがとうございます!」
「ちょ、ちょっとぉ!私だけ仲間外れにしないでくださる!?」
『申し訳ありません紅玉姫様。』
「義姉上も素直に言ったらどうですか。普通に接してほしいと。」
「うるさいわよぉ!!」
『あ、つきましたよ。』
なんだかんだ話しているうちにあっという間に緑射塔へ着いてしまった。アラジン君とアリババ君は一緒に修行をしていて、モルジアナは腕に重しをつけて体を鍛えていた。
「あっ、リアさんっ!」
『こんにちは。』
「鍛錬中に失礼します…。」
「あっ、」
「君たちは……、」
「シンドバッド王の命を受けまして、御三方を探しておりました。莉亜殿に案内していただいたのです。」
「私はただの付き添いよぉ。」
王様は一体彼に何を言ったのだろうか。いや、逆だ。白龍君は王様に何を話したのか。白龍君は強い目的があってこの国を訪れたみたいだし、何か引っかかる。なんて考え込んでいると、アラジン君と紅玉姫様は喧嘩を始めてしまった。私と出会う前に色々あったみたいだ。
「ごめんなー白龍。あいつちょっとバルバッドで色々あってよ。」
「それはあなたの方なのでは?アリババ・サルージャ殿。」
「!」
「あなたのことを聞きました。昨日も内心は憎んでおられたのでしょう、占領国の皇子の俺を。仇に腹を割って話せとは言えませんが、隠す必要もありません。」
「いや、別に隠してたわけじゃねーよ。」
気のせいだろうか。なんだか白龍君の周りのルフが少し黒く見えた。やはり白龍君は何かを抱えている。誰にも計り知れない何かを。
「あなたは先の内乱で…愛する国民や、肉親や、友人を…失くされたのではないのですか!?ならばその仇の国と皇子を、あなたは憎んでも構わない!」
白龍君…一体アリババ君に何を望んでいるの?それに今言っていた話って…私がアリババ君と始めて会った時に頭に記憶が流れ込んできた時の…。
「憎まないよ。そう決めたんだ!!」
「!?」
「安心しろよー白龍。お前を仇みたいに見たりしねー。お前に何かされたわけじゃねーしな!」
ああ、やっぱりアリババ君は太陽みたいな人だ。王様とは違う、光り輝くものを持っている。アラジン君、貴方が王に選んだ人はとても素敵な人だね。
「腹だって割って話そうぜ。すぐには無理にでも…これからな!」
「…、」
白龍君の思っていた反応と違ったみたいで、白龍君は動揺を隠せずにいた。アリババ君は喧嘩をする紅玉姫様とアラジン君を宥めにこの場を離れる。
『思っていた反応と違ったの?』
「てっきり…憎まれているのかと…。」
『アリババ君はそんなことしないんじゃないかなぁ。』
「国を想うなら憎むはずでしょう…!」
ぎゅう、と拳を握る白龍君。私はその手をそっと握った。驚いた目で見られたが、私はやめなかった。
『私は白龍君やアリババ君みたいに国を背負ったことがないから何も言えないけど、国を想う形は憎しみだけじゃないんじゃないかな。アリババ君はきっとそう思ってるんだよ。』
「………、」
『白龍君、』
恐れながらも白龍君の頬をむにぃと摘んだ。そんな行動を予想していなかったのか、白龍君は俯いていた顔をバッと上げた。
『白龍君に怖い顔は似合わないよ!私は笑った顔が好きだなぁ…!』
「莉亜殿…、」
『ごっごめんね!偉そうなこと言って!』
「いいえ…少し安心したのです。変わらないなぁ、と。」
『?』
「こっちの話です。」
白龍君は少し柔らかい表情になったので良かった。あんな瞳は見たくない。憎しみに満ちている瞳は。
どうか白龍君がこの留学で大切なことに気づいてくれますように、と密かに願った。
((太陽と影))