うつ伏せになった状態で背中に足を乗せられる。俺はそれを払う余裕も気力も無くて、相手の好きなようにさせた。身体のあちこちが痛い。頭も背も腹も足も。口の中は血と吐いた胃液の味でいっぱいだった。どうにか顔の横に手を付けて、起き上がろうとすると乗せられた足に力がかかり、そのまま床に逆戻りしてしまった。ぐ、ぐ、と徐々に体重をかけてくる足に呼吸が苦しくなり、さっき蹴られた鳩尾が鈍く痛んだ。生理的に浮かんだ涙の膜を纏った目で、その相手を睨む。彼はいつもと変わらぬ笑顔だった。


「貴方が悪いんですよ、櫻井君。授業の予習もせずに女の子と遊んでいるから」
「…そ、んな事で、こんな体罰、するんスか」
「そんな事じゃありません。とても大切な事です。」


金に染めた長い髪を無造作に掴まれ、後ろに思い切り引っ張られる。ぶちり、となんだか嫌な音がしながら頭皮に焼けるような痛みが走る。ああ、髪が抜けたのかと漠然と思った。背中の圧迫は消えていたけれど、髪の毛を引っ張られ泣きそうな俺の顔の横で微笑む奥村先生に恐怖を感じた。この人、可笑しい。


「いつもいつも僕の授業なんか聞かないで寝てばっかいるし。僕の事嫌いなんですか?それは悲しいですね」
「ぅ、ぐ…せんせ、いたい…ッ」
「痛くしてるから当たり前ですよ」


髪を引っ張る手に力が籠もる。笑っているのにその声音は冷たく鋭利で恐怖を感じた。ふと背中の圧迫感が消え、俺の顔を奥村先生が覗き込んでいた。俺は瞼が腫れて狭くなった目でそれを見返す。心配そうな表情に笑い出しそうな気にもなる。あんたがやったんだろ。まずそんな表情する前に髪を引っ張るその手を離せよ。そんな反抗的な事を言えば次こそは殺されると思うから口に出す事は無いが。


「涙人が悪いんだよ。俺を見ないから」
「…は?」
「俺はこんなに涙人が好きなのに」
「な、に言って…っ」
「ねぇ、俺の事好きだろ?ね、好きって言ってよ」


笑顔は未だ貼りついているものの、その瞳は真剣そのもので。ここであんたなんか大嫌いだと言ったら本当に俺は殺されるのかな。それは、嫌だ、まだ女の子と遊びたいし、こんなでも祓魔師になりたいのだ。偽りの言葉でも彼が満足するのなら。


「…すきだ」
「もっと」
「すきだ、好きだ好きだ好きだ」
「僕も愛してるよ涙人」


不甲斐ない事に俺の声は震え掠れていた。奥村先生は満足げな表情を浮かべると、痛みに汗を浮かべる俺の額にそっと口づけを落とした。
俺が彼の授業を怠る度、こんな暴力が起こるのだろうか。その度俺は声にならない声で愛の言葉を呟くのだろうか。それはとても面倒だと思いながらも、俺は変わる事は無いのだろう。
そうやって、また、偽りの愛を囁き続ける。


「愛してますよ、奥村先生」




怯えた声で愛の言葉を



110814.
愛を積み上げる様提出



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