「謙流くん」
「千代ちゃん!」


グラウンドで頑張っているクラスの男子共を木陰で見守りながらTシャツをパタパタしていると、見知った声に名前を呼ばれた。振り返ると想像した通りの人が微笑みながら立っていた。思わず笑みが零れる。


「体育?お疲れ様っ」
「ありがとー!千代ちゃんは…家庭科?」


首筋に顔を近づけ、匂いを嗅ぐとクッキーのような甘い匂いがした。え、と固まったその首筋が真っ赤になっていく。あ、やべぇ。相手が千代ちゃんって事忘れてた。でもきっと、顔も真っ赤なんだろうなー。男慣れしてない女の子とか俺の周り居なかったから、可愛いな。顔を上げて彼女の困った顔を見ようとすると、誰かに頭をはたかれた。


「いったぁ!…んだよ花井ー」
「おっ前なぁ!なにしてんだよ!」


眦を上げた花井が俺の首根っこを掴んで千代ちゃんから離れさせられる。その後ろには通常通り眉間にしわを寄せている阿部と何故だかショックを受けている水谷が。やっほーと片手を上げるも2人共華麗に無視した。俺がなんかしたのか…


「び、びっくりしたぁ」
「あはは、ごめん千代ちゃん」
「ううん大丈夫!」


まだ少し顔の赤い千代ちゃんが朗らかに笑う。本当癒されるなこの子。なんで野球部は千代ちゃんに惚れないんだろ。俺が普通に部員だったら即惚れてんぞ。今は妹のような感じだけれども。てゆか、俺みたいな奴と付き合ったら千代ちゃんが可哀想だ。


「え、じゃあ花井達も家庭科だったの?」
「篠岡と同じ7組だからな。」
「クッキー作ったんだよ〜」
「いいなぁくれよ水谷」
「や、やだよ!」


バッと自分の手元を隠す水谷。そこからちらほら見えるのは綺麗にラッピングされた袋。ははーん、なるほどな。クラスの女子にプレゼントされたって所か。花井と阿部の方も見ると、同じくラッピングされた物を持っていた。こいつらモテるんだなーまぁみんな黙ってればかっこいいもんな。阿部とか阿部とか阿部とか。


「モテる男子は辛いねぇ」
「は?」
「いやモテんのは春野でしょ」
「俺は全然だよー」


顔の前で手を振ると、呆れたような視線で見てくる約3名。なんだよなんだよ。俺よりもお前らの方がモテるだろー。よくクラスで野球部かっこいいよね!私水谷君好きかもぉとか女子がきゃっきゃしてんの聞くぞ。まぁ俺も中学ん時はそれなりに女の子と色んな事してたけどな。でも俺より東の方がモテてたし。あいつむかつくな。遠哉、は…。どうだったん、だろうな…。


「…謙流君?」
「…、ん?」
「謙流君も充分モテてるよ!私の友達で謙流君の事かっこいーって言ってる子居たし!」
「!…ほんと?ありがとう」


無意識に寄っていた眉間の皺を伸ばす。もしかして自分がモテてない事に落ち込んでると思ったのかな。ほんとだよ!と必死に伝える千代ちゃんがとても愛しくて、嬉しかった。あーほんと可愛いな。思わず笑みが零れると、後ろからずいっとクッキーの袋が差し出された。なんだ…?首を傾げながら後ろを振り向くと機嫌の悪そうな顔をした阿部が居た。あ、阿部が俺になんかくれるなんて…明日飴でも降るんじゃね?


「モテるモテねぇでんな落ち込んでんじゃねぇよ阿呆か」
「別に落ち込んでるないもーん」
「じゃあこりゃいらねぇな?」
「あ!クッキーは貰っとく!」


引っ込めようとする腕からクッキーを奪い取る。僅かに微笑む阿部に心の中でお礼を言う。ぜってー本人には言ってやんねぇけど。


「お、俺のもあげるよ!」
「え?水谷、いいのか?」
「だって春野なんか可哀想だし、」
「お前それ嫌味か…」
「違う違う!俺はただ春野に元気になって欲しくて」
「そっか。ありがと」
「はぁ…仕方ねーな。俺のもやるよ」
「花井まで!うわぁありがとう梓ちゃん!」
「名前で呼ぶな!!」


うなだれる水谷の頭を撫でながら、花井からもクッキーを貰う。理由は違うけれど、俺を元気付けようとしてくれているみんながとても大好きで。胸の内の寂しさなんてどこか吹き飛んでしまった。7組のみんなは優しすぎだよ。俺達の様子を眺めていた千代ちゃんがあはは!と笑いながら言う。

「ほら、謙流君はモテモテだ!」

そんな言葉に俺も声を上げて笑った。




クッキーの糖分は優しさです
(女の子達には悪いけど)
(これは俺が美味しく頂きます)




110626.
主人公のたらしっぷりを出したかったんだが…あんま出てない…

七瀬