「ちょ、ちょっと…たーじまくん?」
「ん?なんだよー春野ー」
「いやぁ、あの…なにやってんの」


危うくいつもの口調になりそうだった。危ない危ない。
だがしかし、俺が慌てるのも仕方ない。
だってこの状況ですもの。クールになれっていう方が可笑しいわ。


「なんで、俺の上に跨って、んのかなぁ…?」
「んー春野とせっくすする為だな」
「はぁっ?」
「だって俺、春野のこと好きだし」


いつもの調子で笑う田島。

こいつ、暑さで頭いっちゃったんだな。絶対そうだ。そうとしか有り得ない。
押し倒された状態から田島の顔を見上げると、目を爛々と輝かせながら、俺の顔の横に手を付けた。
ぐん、と田島の顔と俺の顔の距離が縮まる。もうちょっとキスしちゃいそうデスネー!…じゃねぇよ!!
言っとくが、田島も俺も正真正銘男だ。足と足の間にちゃんとブツも付いてる。
俺は田島よりは数cmだけだけど背はでかいし、体だって筋肉モリモリな訳じゃないが、女の子みたいな体つきな訳がない。硬いし、骨ばってるし、ちゃんとした男の体型。
じゃあ、なんで俺、押し倒されてるんだ?
ていうか、田島さっきなんて言った?せっくす?好き?


「あ、のさ、田島…俺、女の子じゃないよ?」
「春野が女な訳ないだろー」
「じゃあ、なんで、」
「だから、」


春野が好きだから。

その声は掠れていて、いつもはちょっと高めの声が低い、男の声に聞こえた。
それに、俺はピクリと反応してしまった。なんか…やばい。
田島はマジだ。マジで俺と事に及ぼうとしている。
伏せていた目を上げると、田島の目とかち合う。至近距離な所為か、自分の不安そうな顔が映っていた。なんか小動物みたいだぞ自分。おい。
田島が口を開くと、吐息が顔にかかる。思わず身じろいだ。

抵抗、しないと、いけないのに。


「嫌なら、拒めよ」


田島の真剣な視線が降ってくる。ぎゅ、と眼をキツく瞑った。
柔らかいものが自分の唇を塞いだ。
あー、キスしちゃった。ファーストキスではないけど、ショックと言えばショックだ。だって男とキスしちゃうんだよ。しかも俺受け身だし。同じ男としてはショック過ぎる。
ちゅ、とリップ音を立て、唇が離れる。薄く瞼を開くと、不思議そうな顔をしている田島が目に入った。もちろん至近距離のまま。なんだ、俺の唇が女の子みたいに柔らかいと思ったか。悪かったな薄い唇で。


「嫌じゃねーの?抵抗するかと思った」
「いや、したいけどさ…、夏大あるしさ。俺が暴れて、田島に怪我とかされたら、困るし…」


本当は殴ってでも、この体制から逃れたい。
でも、田島に怪我されたら困るのは西浦の野球部みんなだ。
例え、俺がなにされようとマネージャーは千代ちゃんが居るから代用はきく。
でも、田島は1人だ。西浦の4番は1人しか居ないのだ。
別に、そこまで嫌な訳でも無いし。キスぐらいならまぁ、許容範囲だ。田島だから、っていうのもあるけど。これが阿部とかだったらキャッチャーとか関係なくぼっこぼこにしてたかもしれないけど。
これ以上やられたら、田島だろうと誰だろうと暴れてやるけどな。


「…なんか、俺が悪者みたいじゃん」
「どう見ても田島が悪者でしょー」
「うー、なんか萎えたー」


俺の肩に顔を寄せ、体に体重をかけてきた。重い…。
でも萎えてくれて助かった…。危うく野球部のエースに怪我させるところだった。キス程度で止まってくれてよかった。なんだろうな、田島もストレスとか溜まってんのかな。いや、ストレスってよりも性欲か?偶には相手が欲しくなったとかかな。今度愚痴でもなんでも聞いてやろうかな。

と、俺が気を抜いていると、首筋に小さな痛みが走った。


「っ、あ」
「ま!これ位はいいよな!」
「た、じま…お前…」


起き上がった田島は、悪戯が成功したかのようにニヤリと楽しそうな笑顔を浮かべていた。

絶対にもう田島とは密室で2人っきりにはならない。




狼少年
(首筋に残ったのは牙の痕)




101013.