※とんでもないもしも話


「春野?話ってなに?」
「…えっと、な」

いつもは快活としている春野がどこか言いにくそうに、顔を困らせていた。そこで俺の心臓は1つ、どきりと鳴った。嫌な意味で。あの春野が改まって俺を昼休みの誰もいない部室に呼ぶ時点でおかしいんだ。嫌な予感が胸をよぎるが、それに気づかない振りをして、へらりと笑う。春野、お前もいつもみたいに笑ってよ。

「どうしたのー?こんな所に呼び出しちゃってさ」
「いや、さ…お前には報告しとかなくちゃな、と思ってさ、」
「…なんの、事?」

ばくんばくん、心臓が嫌な音を大きく立てる。悪い予想が頭の中を駆け巡る。信じがたい噂を聞いた。クラスのある女子から聞いた。あの子と仲の良い情報通の女子から聞いた。あの子の照れた笑い顔を見た。その隣りで微笑む見慣れたあいつを見た。『千代と春野君、付き合い始めたんだって』

「俺、千代ちゃん…千代と付き合い始めたんだ」
「…え」
「ごめん。水谷の気持ちは重々承知してたし、応援してたんだけど…ごめん」

おれ、ちよとつきあいはじめたんだ?春野が言っている事が信じられなくて、でも、それを裏付ける証拠は自分は目撃していて。ああ、俺の勘違いでは無かった。本当に本当に春野と篠岡は。そうか、そうなんだ。精神的ショックで痛む胸をおさえる。どうにか、引きつった顔を笑顔に変え、彼らを祝福しなければ。

「そっ…か、はは。そっか。いや、俺の事は気にしないで!」
「いや、でも」
「いーのいーの!篠岡と春野お似合いだし。」
「水谷、」
「幸せに、な?」

春野の肩に手を置き笑顔を向ける。よくやった文貴。えらいぞ文貴。涙は、春野の前から去ったらいっぱい流そう。春野に罪悪感とか背負わせたくないから。これからも仲良くしたいから。憎んでいない訳じゃないけれど、でも、春野の事好きだからなぁ。
ごめん、水谷という小さな呟きを耳で拾いながら窓の外を見やった。少しだけ、ぼやけていた。



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