「また、喧嘩したんでしょ」
「…とーやには関係ねー」
「顔中傷だらけの奴が何を言う」


むっとした顔を向ける遠哉に俺は目をそらした。何でこいつこんな所に居るんだ?そんな疑問が浮かぶ。薄暗い路地裏。俺みたいな奴らにとっては相応しい場所だけど、もろ部活帰りですよーと主張している薄く汚れた野球のユニフォームを着ているこいつには似合わない場所だ。誰かが来る前に追っ払わないといいカモになってしまう。思わず顔を歪めると唇が切れていたのか、ぬめりとした感触が伝い、口の中に鉄の味が広がった。


「謙流!血が!」
「触んな!」


思わず近づいて来た手を払いのけてしまった。あ、と思った頃には遅く、チラリと遠哉を見ると何だか傷ついたような顔をしていた。ちくり、と胸が痛んだ。そんな顔をさせたいつもりじゃあなかったんだ。俺なんかの心配よりも自分の身の心配をして欲しかっただけなのに。


「謙流、なんで喧嘩ばっかりすんだよ」
「…。」
「また、東と3人で野球しようよ…」
「無理、だろ」
「なんで!」
「もう昔の事だろ!」


怒鳴る俺を見る遠哉の顔が歪む。そう、もう昔の事だ。だけど、その昔に捕らわれているのは誰だ。毎日のように昔を羨むように夢を見るのは誰だ。自分が遠哉にこんな事言える権限なんてない。また、3人で楽しく過ごせる事を1番望んでいるのは俺だから。


「馬鹿!謙流の馬鹿!ヤンキー!不良!」
「ちょ、殴んなよ!」
「怪我が悪化しちゃえばいいんだ!そしたら喧嘩もうしないだろ…?」
「…遠哉には、関係な、」
「じゃあ、俺と喧嘩しよ、謙流」
「はぁ?」


そしたら関係あるだろ、と言いながら遠哉は立ち上がると身構えた。僅かにだがその足は震えていた。馬鹿かこいつは。俺がお前を殴れる訳が無いのに。俺は壁に背を預けたまま困った顔で遠哉を見上げた。


「誰かに傷つけられる謙流見る位なら、俺が傷つける」
「…ははっ、馬鹿かお前」
「俺が傷つけたなら関係あるし、心配していいし、手当てもしていいだろ」


偉そうな態度でそう言い放つ遠哉に笑いがこみ上げる。馬鹿だ。やっぱり馬鹿だ遠哉は。俺みたいな奴を心配したいが為に喧嘩するなんて意味が分からない。でも、俺はそういう馬鹿みたいに真っ直ぐで素直な遠哉が好きだった。昔から変わる事なんて無かった。ありがとう、と声には出さずに告げる。きっとお前が居る限り、俺にはまだ希望があると思う。こんな腐れきった俺でもまだ心配してくれる奴が居るんだから。


「ほら、行くぞ!」
「はいはい」


遠哉は意外にも強くて、俺は少しだけ本気を出してしまった。でも、満身創痍だった俺は遠哉のパンチを頬に食らった瞬間、意識がプツンと切れてしまった。目が覚めたら泣きそうな顔の遠哉と呆れた顔の東が俺を覗き込んでいた。何だか懐かしいその風景に俺は少しだけ涙が出た。










「春野髪の毛赤かったんだ…」
「黒歴史だから…すぐ止めたし…」
「そういや野球部入る前も金髪だったしな」


リビングにあるテーブルを3人で囲み、一息つく。さっきまで写真をどうにか見ようとする水谷と泉から逃げ惑ってたから。なんで自分んちで鬼ごっこしなきゃいけねぇんだ。


「ねー!俺入学式ん時めっちゃ怖かったもん!」
「俺のクラスでも色々言われてたわそういや。」
「え?中学ん時みんなあんな感じじゃなかった?」
「「ねぇよ」」


ええー!と驚く俺に笑い始める2人。和やかなこの雰囲気に俺も自然と頬が緩んだ。机の下に隠した写真を盗み見る。あの日は久々に3人で過ごした。こうやって机を囲んであったかい飲み物を飲みながら、馬鹿みたいに笑った。今みたいに。
過去は大事な物だ。遠哉を忘れたりはしないし、忘れるなんて有り得ない。でも、過去を引きずってはいけないんだ。遠哉、俺は今、幸せだよ。




さよならメモリー
(君を忘れない、)
(でも、忘れなくてはならない)



111112.
とりあえず春野は遠哉くんの事が大好きなんです。


Title by カカリア