白いうなじが見える。日焼けを知らない肌は、女子のように滑らかで白かった。少しだけ伸びた襟足は妨げにもならない。
落ち着け俺。相手は誰だ?女子じゃねぇんだぞ。ただの男子。しかも、あの春野だぞ。へらへらしてて、ふらふらしてて、なんかむかつくアイツだぞ!?動揺する自分をどうにか抑える。眉間に皺がよっているのが分かる。
すると、春野が俺の胸にぐりぐりと頭を押しつけてきた。おい。と俺が諫めるも、無視。…こいつ…。
俺は支えていた手を壁から離すと、春野の頭を掴み、自分から離す。睨むように春野を見下ろすと目が合った。顔が近い。俺が後ろから誰かに押されたら、きっと距離は0になってしまうだろう。
いや、気持ち悪ぃぞ自分。別に顔が近くても何も起こる訳ねぇだろ。春野が唇を尖らせ、不満そうな顔をする。その口止めろ。


「阿部はケチだなぁ」
「ケチだなぁ、じゃねーよ」
「少しくらいいいじゃん」


春野から目をそらし、はぁ。とため息をつく。頭を掴んでいる手に力を込めると、いーたーいーっ!と声を上げる。
本当になんなんだコイツは。この春野謙流という奴は。俺の春野に対する第一印象は「チャラい奴」「一生関わらない奴」。春野を始めて見たのは入学式へ向かう途中。金に近い茶髪、大量のピアス、着崩された制服。その時点で女を引き連れていて、周りからも引かれていた。俺もその1人だった。コイツは一生関わらない人種だな、と。
しかし、春野は野球部に来た。マネージャーをやりたいと言った。
関わらないと思っていた奴は、意外な所から関わりを持ってしまった。それでまぁ、今こうゆう状況になっている訳だが。いや、繋がりは特にはねぇけど。


「痛いー!やめろ!」
「うっせーよお前。声でけぇ」
「阿部が離さないからだろー」
「春野が寄りかかってくるからだろ」


春野が俺の両肩に手を乗せ押して来る。少しだけ背の低い春野は必然的に俺を見上げる形になる、睨む春野と目が合う。何故か、目をそらせなかった。瞳の色は完全な黒じゃなく、どちらかというと明るい茶色。睫毛は女のように長いが、1本1本が細い。顔全体はうなじとは違い、少しだけ焼けていた。
肩に乗せられた腕を掴む。阿部?と首を傾ける春野。入部した時より長くなった前髪が揺れる。ドキリ、何かが鳴った。頭を掴んでいた手を後頭部へと移し、力を込めこちらへ引き寄せる。覗き込むように顔を近付けると、慌てている春野の表情が間近にあった。


「あ、阿部!?」
「馬鹿面。」


慌てる春野を無視し、お互いの距離が0になろうとした瞬間。


「ここかー?阿部ー!春野ーって、えぇっ!?」
「水谷っ」
「水谷…」


ロッカーの扉が外側から開けられた。そこには俺達を見て驚いている水谷。いや、クソレ。春野は俺と壁の間から逃げるように外へ出て行った。俺は壁に額を当てて、大きな溜め息をついた。
何やってんだ、俺。春野に何しようとした?頭を掻く。今のは…間違いだ。手違い。手が滑ったんだ。自分でも意味不明な言い訳をしながら、小さく浮かんだある思いに気づかない振りをした。
出て行く春野の耳がほのかに赤かったのも、気づかない振り。



少年Aの憂鬱
(阿部ー?出て来ないの?)(黙れクソレ潰すぞ)(ひどい…)


101127.