「そ、そんなにヤタガラスの事好きなのかよ…!」
「はぁ?」

拗ねたようなその声に顔を上げると今までこちらをずっと見ていたのか、ばっちりと目が合った。瞬間、あっちから目をそらす。そらした癖にチラチラと窺うように目線を寄越す。
なんだ、こいつ、うぜぇ…つーか、てめぇの仕事を俺がわざわざ手伝ってやってんのに休んでんじゃねぇよ…。

「だ、だからぁ…吠舞羅の、ヤタガラス…」
「美咲がなに?つか、無駄話すんなら俺帰るけど」
「やる!やるから!」

まぁ、こいつがやる気出してもミスばっかだし、どうせ俺が直すことになんだけど。チッ、と舌打ちを打って手元の書類に手をつける。そこには見慣れた古巣とアイツの名前。自然と口角が上がる。嗚呼、なんでこの時俺は違う現場だったんだろ。もう少し連絡が早ければアイツと戦えたのになぁ…。

「…やっぱり…。」
「さっきから何だよ」
「だから、ヤタガラスだって!」
「だから、美咲がなんなんだよ。」
「なんでそいつが関わるとそんな楽しそうなんだよ!仕事だって、普段は手伝うなんて有り得ないのに、そいつの件だから…」

何でこいつ怒ってんの?しかも、なんか泣きそうだし。意味分かんねぇし面倒くせぇし…さっさと仕事終わらせろよ。癖になりつつある舌打ちを打つと、ビクッと怯えるように肩が揺れた。あー、めんどい。

「で?お前は何が言いたい訳?」
「…伏見サンはヤタガラスのこと、好きなの?」
「……は?」

こいつの質問の意味が全然理解出来ない。日本語喋ってる?俺が、美咲を、何だって?

「だって、すげぇ執着してるし、見つけるとずっとヤタガラスにつっかかってるし、昔からの知り合いみたいだし、だから…」
「なんでそれから美咲の事が好きって事に繋がんだよ、意味分かんねー。」
「だって…だって…」

ズズッと鼻を啜る音が聞こえてきたんだけど、こいつ泣いてる訳じゃねぇよな。見上げると俯いたまま、ぽたり、と涙を机に零していた。
あー。何がしたいのか、何なのか、何で泣いてんのか、俺には分からないし分かりたくもない。

「チッ…んで、泣いてんだよ」
「うっ…ご、めんなさい…」
「謝る位なら泣くなよ…結局お前は何がしたいんだよ…」
「…言ったら、怒るもん」
「良いから、言え!」

机から乗り出して、怒鳴るように言うと、大袈裟に肩を揺らして、涙が溜まった目がこっちを見た。怯えてんのかと思ったらこいつ、なんか嬉しそうなんだけど。なんだこいつ、マゾか。

「〜っ!じゃあ、おれも…名前で呼びたい、です」
「…名前?」
「は、い…駄目…?」

こいつは…そんなことでこんなめんどくさい状態にしたのかよ。すげぇ、疲れた。

「そんなもん勝手に呼べばいいだろ。めんどくせぇ奴だな」
「えっ…いいの!?」
「そんな事で泣くな。呼んでいいからさっさと仕事終わらせろ」
「っうん!ありがと、えと…猿比古サン!」
「…なんかお前の言い方ムカつく」
「えっ、何で!?」

その問いには答えず、なんでなんでと口うるさいのは無視して手を動かす。
こいつに笑顔で名前を呼ばれて、少しだけ動揺してしまった自分が1番、面倒臭い。



そんな顔は卑怯だ



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