怖(くはな)い(と思う)話 2011/03/24(0) 生まれが寺であったからであろうか。彼、讃岐平野は、昔から「見える」子供であった。 何もいないと言われる場所で話をしたり、何も無いところを指差して、兄へ「あの娘は何をしているの」と問うたりする子供であった。 それに、兄を筆頭に、家族は皆気付いていた。妹の小豆と共に、幼いが故に見分けのつかないものに引かれる彼を保護していたのは家の者たちであった。 仲の良い友達にも、けして言うたらいかん。誰もがお前みたいと違うきに。 彼はその言葉は守り、家族以外の誰にも言わなかった。幸いにも、何かあっても対応ができたために、彼は十の歳まで無事に過ごした。 ………しかし。 学園に入るにあたり、その加護は消えることになる。彼を守る者は居なくなることになる。 「さぶ」 夜、吉野はに用具庫から長屋へと帰るべくして歩いていた。道具を一つ返し忘れていたための行動だったが、もう二度と経験はしたくないと思う。長屋からあそこまでは遠かった。まだこの季節は寒い。 「………あれ」 そんなことを考えていると、途中、吉野は庭に見覚えのある背中を見つけた。 「平野やん」 故郷がややまあ近いこともあって、入学前からの付き合いの、い組の平野の姿だった。 所謂幼なじみ。幼い頃から時々遊んだし、合同授業の走り込みでは早々と喉の渇きを訴えたりしている平野に、吉野はこの時期から水をあげたりしていた。い組とは組ではあったけれど。 何をしているのかと見れば、平野の前に誰かがいる。こんな時間であり、そして誰かと会う。子供ながらにも、何となく想像はできるものだ。 「へーが女の子つれとる…!」 何たること。仲は良いと思っていたのに、全く知らなかった新事実。吉野は軽い衝撃を受けた。まだ十歳ではあるが、知らないことばかりではない。 「……いや別にめげてないし、わい平気やし」 ぶつぶつと呟く。 何かもやもやとしたものを感じる気がしたが、友人に秘密事をされたからだと吉野は結論付けた。視線を戻す。 何を話している訳ではないらしく、声は一切聞こえない。吉野はじっと女の子の方を見つめてみた。 艶やかな髪の、同い年くらいの少女。色は白く、可愛らしい顔をしている。会ったことのある平野の妹と、どことなく似ている。あいつ妹離れせないかんやろ、と言う吉野に、弟の方はどうなのかと聞く人間はいなかった。 くのたまではないらしく、服は小綺麗な小袖を着ている………。 ………小、袖? 「!?」 少女が、平野に手を伸ばそうとした時と、おかしいと思った吉野が、平野の腕を掴んで後ろへ引っ張った時は同時だった。 少女の手が空を掴む。 吉野は平野を引いて、顔を見合わせた瞬間に怒鳴った。 「へー!!お前何しとんや!!」 「……え?」 「変なもんに話しかけたらあかんのや!!こんな時間にあんなええ服着た女の子が歩きよる訳がないやろうが!!」 吉野は叫ぶ。十といってもまだ幼い。目にはうっすら涙が溜まりはじめていた。 あと少しで、同級生がどこかへ連れていかれるところだった。自分が通らなければ、どうなっていたことか。吉野は思ったが、嫌な考えは振り払った。 空が白んで、少女の姿は消えていた。いた場所に、髪紐が一つ落ちている。 「小豆に、よう似とって」 「……………」 「寂しそうやったきに……気ぃ回んかった……」 「……お前なあ…!」 「ごめんな吉野、助かったわ…」 もう大丈夫や。痛いきん手ぇ離して。という平野に吉野は呆れた。 自分も見える。知らなかったが、平野も見えることを今知った。平野の『見分けられない』が、かなり酷いことも知った。 怒り半分呆れ半分の気も、やや治まる。 「………ほんまんな、心配かけささんといてくれ…」 「もうちょいしたら、見分けられるようになるきに」 「誰情報や」 「父さんと室町先生」 「………はあ」 吉野はため息を吐いた。ぱちくり、と大きな目で平野は吉野を見る。納得していない様子に、少しあらぬ方を向いて、また吉野を見る。 「吉野」 「なんや……うお」 ぐい。 引っ張って、平野は吉野に抱き着いた。身長の為には仕方のないことである。そのまま平野は、彼の背中を軽く叩いた。 「大丈夫やって、俺平気やきに」 「……そういう問題とちゃうわ…」 言いながら、吉野は心のもやもやが無くなっていることに気付いた。………が、友人に秘密事をされていなかったからだと再結論付けた。彼等は十歳であり、妥当な判断である。 ………後日分かったこと。あの少女は座敷童子であったらしい。害もなく、平野とは遊びたかっただけだったようだ。 学園へ時たま現れているのを、七年生になった今でも、見える生徒は見かけている。 ――――――――― 友人からのべーこんは美味ですと某方に言われました。しかし特にべーこんでもなく、左右もはっきりしないこの話は一体誰得なのか (怒られたら下げます) backnext |