花魁パロ 2011/03/03(0) 商売人の朝は早い。 早朝、小物問屋である讃岐屋の一室。俺こと讃岐平野は、筆を取って机に向かっていた。目の前には、店の会計帳簿が開かれ置いてある。理由は、ここのところ、下がりこそどうにかしてはいないが、売上の伸びが著しく悪かったからであった。 父を信頼していたのは客だけではなく、店の者も同じ。敵意こそ持たれていなくとも、店が上手く回っていないのは明白だった。 「(兄に、文でも出さないかんかな……)」 信頼している兄は、南蛮の品の買い付けもかねて長崎に行っており一年は帰らない。相談できる相手は店の中にはいなかった。 墨が渇いたこともあり、今は見ていてもいい案が浮かばないと判断して帳簿を閉じる。日もいつの間にか高くなっていた。表からは、番頭の呼び声も聞こえている。立ち上がって、店へ出ることにした。 廊下を歩き、敷居を跨げば、板張りの床が畳に変わる。接客の場としてあるその間には、簪や化粧道具、物入れや扇子……その他多くの小物が入った箪笥が、壁に品よく並べられている。 上がり口に腰掛け、番頭である文次郎と何か話していた青年が、不意にこちらを向いた。目が合い、その表情が笑顔になる。見知った顔だった。 「お……若旦那!お邪魔しとんで!」 「吉野さん、来てたんですか」 「………嫌やなあ、古い付き合いの幼なじみやろ。その口調やめろや」 ぶうと口を膨らませたのは、小物作りの職人である、阿波吉野だった。 作る品は、老若に幅広く人気である美しい細工や可愛らしい物から、誰が使うのか分からない芸術とも言える物まで様々。だが、明らかなのは、どちらにしろ腕利きの名工であるということである。 父の代から付き合いがある工房の、現在の親方である吉野。幼い頃は、親に連れられやって来て、共に遊んだものだった。初対面で、名乗らずに互いの名を呼び合ったらしいが、覚えていないのは余談である。 「ほれ、今週の分。残りは馬に積んであんで」 「おう、あんがとな…………団蔵!佐吉!」 「はい!」 「お呼びですか?」 「団蔵は、馬から荷を降ろして来い!何人か若いの連れていって、馬には餌をやれ。佐吉はそろばんを持ってこい」 「はいっ!」 「分かりました!」 返事よく、走っていった二人。その背中を見ながら、吉野は「ええ丁稚が来たみたいやな」と言った。 「団蔵は字ィは汚いけど、よう動くし人当たりがええ。佐吉は教養あるきに、客の会話についていける。二人とも計算は正確やで」 「そか。……わいんとこにも何人か新しいのが来たわ。まだまだ作りはかいないけど、筋はええのがな」 「へえ………そういや、そろそろ独り立ち出来そな奴がおるいよらんかったか?」 「ん?……ああ、留のことか。せやなあ、そこに入っとる簪の右三つはそいつの作品やで」 「………ほんま?」 「おう」 指差された簪のうち、一本を取り上げ、見る。成長とは早いな……とつくづく思った。 見習いの頃は、化粧品の入った箱をひっくり返したこともあった文次郎も、今や番頭である。隈は取れていないが、女性から時々熱視線を向けられているのは知っているし、そろそろ支店を持たせてもいいかとも思っている。吉野の弟子であり、文次郎と同い年の留三郎も、成長は著しいらしい。 「若旦那!簪の在庫がもうありませんが…」 「今届いた。団蔵が降ろしに行っている、手伝いに行ってやれ」 「あ………はい!」 「………なんや忙しそうやな?」 「桃の節句でな、贈り物に小間物を買う方が多いんじゃ」 佐吉がそろばんを持って戻ってきた。受け取って、団蔵の元へ行くようにいい、自分は料金の精算に入る。 ぱちぱちとそろばんを弾き、小間物の数と値段を決めていく。百文、一分、二分。三両の物や、それ以上するものもある。 最後にぱちんと玉を一つ弾いて、吉野の方へ押し出した。店の者には見えないようにして。 「………これでどや」 「ええけど…………もちっと貰ても、構わんと思…」 「お前のへんちくりんな蛸型の簪も買うて売りよんはどこの店や」 「あはははまあ妥当やろー!」 「じゃあこれでいく、いつも通り、後で届けるわな」 「くそう平野のあほ……また留に怒られるやないか…」 見せたそろばんを振るい、玉が示す数を分からないようにして傍らに置く。 ぶつぶつ呟いていた吉野は、それを見て、ちら、と平野以外の店の者を見た。全員、こちらに意識は向けていない。 「お前な。…………大丈夫なんか?」 「……………」 「覇気がないぞ、お前。気ぃついとるんか」 心配げに見てくる吉野。しばらくそろばんの玉を数えていたが、平野は「何とかな」と呟いてみせた。 「売上、下がってはないが伸びてない。停滞気味でな……客足遠退かれたら話にならん……」 「………平野…」 「……まあ何とかするわ」 ふ、と平野は笑った。僅かとはいえ、悩みを聞いてもらえたことに肩の荷が下りた気がした。何とかできるだろう、方法は見つかるだろうと。 不思議なことだが、この讃岐屋に来る者の中の何名かとは、会うと心が楽になる。 吉野は勿論、時たまやってくる不思議なあの人物や、病弱な妹に往診に来てくれている、少しばかり不運な者ばかりの医療所の医師。吉野の元に、材料の一部になる鮫の牙や、熊の皮を持ってくる、海や山の狩人。理由は分からないが、心はとても楽になる。 帰る吉野を見送りに、店を出る。ふと思い出したように、吉野はこちらを振り返った。 「平野、小豆ちゃんは?」 「小豆は……体調を崩して寝とる」 元気なときは、店の看板娘をしてくれる妹は、元々病弱なのも相まって、今は体調を崩し寝込んでいる。悩みの原因はそちらにもあった。 眉を下げた吉野は、ぽいと平野に向けて包みを放った。受け止め、何だこれと視線を送る。 「小豆ちゃんに似合うやろ思て作った。会えんで残念やが、お見舞いに渡しといてくれや」 「………兄気質やなあ」 「大人んなったゆうてくれ。あと巣立にはばれんようにしてくれな」 「切実やな」 「おう」 タダやからなーありがたく思えーと言いながら、去っていく吉野を見送る平野。 妹が刺されることになれば、およそ自分と一騎打ちは免れないので、これは俺からの贈り物ということにしよう。これで彼の弟をごまかせるかは、分からないが。あいつは何の考えもなく、ただ友人の妹へくれただけなんだろうけれど、彼の弟は容赦がない訳であるから。 店の中に戻る。 しかし。想像もつかないが、自分にも身を固めるときが来るのだろうか。兄もいる分、後継ぎ問題はないが、いつか。生涯愛する人はできるのだろうか。 とりあえず、誰かそんな人ができたなら、贈り物をしようと心に決めた。さっきの吉野は、なかなかかっこよく見えた気がした。見習うことにする。 そのとき平野には、尋ねてきた例の不思議な人から、一つの話を聞くことになるとは知る由もなかった。 ――――――――― 支離滅裂、すみません! 百文…約2000円 一分…約25000円 三両…約300000円です。 持っていた江戸物を参考にしましたが、間違っている箇所は流していただけると嬉しいです。 阿波くんのキャラや扱いが崩れたり酷かったりですみません…おろくさんすみません。平野もキャラ崩れが…一人もまともに書けていないですね。 手直しするかも知れないですが、楽しかったです。由貴さんのお話に繋がる形にしてみましたが、い、いかがでしょうか…? 讃岐屋の参考になれば幸いです; backnext |