刀剣 蜂須賀



わたしの初期刀は虎徹の真作である。
凛とした面差しに鋭い言動は頼もしい限りであるし、その姿は気高く美しい。
周りの男士たちからも一目置かれ、新作の弟を愛し、贋作の兄を邪険にするがその実力は認めており任務での力量や男士間のトラブルなどはとんと聞かない。慕われ、頼りにされる話しばかりを聞くのだが、



「ふふっ」


美しい刃文の浮かぶ刀に打ち粉をはたきながら審神者は忍び笑いを漏らした。その隣には寛いだ様子の蜂須賀虎徹が、審神者に寄り添うようにして寝そべっている。長い御髪は括られてはいるが畳の上にうつくしく散らばっているし、非番の浴衣姿とはいえ真昼間から寝転ぶだなんて普段の蜂須賀からは考えられない姿である。
緩みきったその表情で、可愛い初期刀は「うん?」と審神者を見上げた。
「なんでも。思い出し笑いですよ」と審神者が告げると「何か楽しいことでもあったのかい?」と上機嫌に返される。
こんな緩んだ姿は誰にも見せられないですね、と心の中で呟いて、口では日常の何気ない出来事を語っていく。蜂須賀はそれをうんうんと相槌を打ちながら聞いていた。
出陣後の手入れ、というわけではない。この本丸では審神者が自ら手入れを行うことは殆どない。式神にやらせた方が早いからである。審神者が行うとしたら式神の手が足りなかった場合か、今のようにスキンシップを兼ねてといったところだろうか。男士たちにとっては主人を独占し可愛がってもらうことができる特権として、誉れを多くとったものが手入れを申し入れることはあった。
普段手入れをしない審神者が、言えば手入れをしてくれるなんてことは独占欲の強い刀たちからすれば他に教えたくないことであるので、この特権を行使する一部の男士たちしか知らぬことであるのだが。
本丸運営の初期の面子しか知らないのではないだろうか。
審神者もそれを何となく感じ取っており、自分も決して手入れが上手いわけではないと自覚しているので、このことを他に言いふらしたりはしていない。下手なことを自分から曝け出すことはないだろう。そんな下手なりにも、手入れをしてあげると刀的には嬉しいものであるらしい。
普段気丈に振る舞う初期刀の愛い姿に審神者は微笑みながら拭い紙で丁寧に刀身を拭きあげていく。

とんとんと足音が近づき、庭から光りが入る障子越しに影が落ちる。
審神者は手をとめて障子の向こう側に目を向けた。


「主はいるだろうか」
「おりますよ、どうぞ」

開いた障子から長曾祢が驚いたように蜂須賀を見た。
ちら、と審神者が隣に目を向けるときっちりと髪を整え、完璧な姿で審神者の隣に寄り添い座る蜂須賀の姿。それを確認して審神者はまたふふ、と笑った。


「主に何か用か」
「明日の出陣の確認に来たのだが…。主、蜂須賀は酷いのか?」

審神者自ら手入れをすることなどそうないからだろうか。蜂須賀の損傷が酷いのではと心配した長曾祢が不安げに審神者を見つめる。
手をひらひら振って審神者はそれを否定した。


「いいえ、私は手入れが苦手なので初期刀に付き合ってもらっていたのです。なにも心配はありませんよ」


あとで確認をするので夕食の少し前に執務室に来てくれるか、と伝えるとほっとした顔で長曾祢は頷いた。長曾祢が下がったあとで、「完璧な蜂須賀虎徹の姿」をした初期刀に目を向ける。


「お見事ですね」
「虎徹の真作だからね」


ふふふ、と2人で笑って蜂須賀はまた審神者の隣に寝転んだ。審神者は刀身に光を当てて見極め、再び打ち粉をはたき始めた。まだ昼餉の済んだところ、夕食までは時間があるので。



わたしの初期刀は虎徹の真作である。
凛とした面差しに鋭い言動は頼もしい限りであるし、その姿は気高く美しい。そんな彼がたまに見せてくれる設えも装飾もない有りのままの姿が、とても愛おしいのだ。
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