「最初っから、ここに来とけば良かったぜ……」

疲れ果てたディアッカがたどり着いた先は、とても大きな屋敷だった。
本音を言うと……一番回避したい場所ではあるが、仕方ない。


目が、表札に向いて。
はあ、と大きなため息をついて。
是非とも奥方が出ます様に――と祈りを込めながら、ディアッカはチャイムを鳴らした。



りんご〜ん。



なんと能天気な音だろう。すでに死んだ目となっているディアッカは、この屋敷の奥方の登場を待った。
しかし数秒経たない内に、屋敷から激しいダッシュ音が聞こえ始める。


……ああ、奥方外出パターンだったか……


ディアッカは肩を落とした。こうなると、彼のいる位置は非常にまずい。
危険を回避すべく、一歩だけ横にずれようとしたが――悲しいかな、脳が回らない状態になったディアッカの判断よりも、家主の神がかり的なスピードの方が、群を抜いて速かった。


「マリュううううううううっ!!」
「っどわあああああああ!」


扉が開いた――と気付く前に、ディアッカは家主に押し倒される。


人影=愛しの奥さんが帰ってきた。
家主による、かなり危険な方程式の元の行動である。


おかげでディアッカは、家主から、身の毛もよだつ様な愛の洗礼を受ける羽目になった。

「遅いじゃないか、マリュー。もう、心配したんだぞ?」
「まておっさん! どーやったら俺が、艦長さんになるんだよ!!」
「――あ? 坊主??」

ディアッカの悲鳴で、ようやく家主は正気を取り戻した。
正気を取り戻して――

「うわ、何でお前、俺に抱きつかれてんだよ」
「あんたが言うな、あんたが!!」

もっともすぎる非難を受けても、家主は――ムウは、全く動じない。
そこに、真打が登場した。


「……何やってるの?」


顔を引きつらせ、二人を見るのは――買い物帰りのマリューである。
瞬間的に、ムウは動いた。
ディアッカを地面に叩きつけ、その反動を使って、マリューの横へと移動する。

「遅いぞ? マリュー。心配のあまり、野郎に抱きついちまったじゃないか」
「……ムウ。私はただ、買い物に行ってただけなんだけど」

確かに、彼女の手にあるのはスーパーの買い物袋。決して、一ヶ月くらい旦那を放って旅行に出向いたわけではない。
純粋に、夕飯の買い物に行っていただけで。

「分かってるけどよ、愛しのマイハニーが傍にいないと、もう心配で心配で。あ、今日の夕飯何?」
「ビーフシチューよ。ムウ、好きでしょ?」
「もー、大好きだぜ! でも、一番好きなのはお前かな」
「やだ、ムウったら……誰か見てたらどうするのよ……」

マリューもすっかり忘れている。
わずか一歩先の所に――地面にめり込まされた――ディアッカがいることを。

「風が冷たくなってきたな……早くは入ろう、マリュー」
「そうね」

二人は律儀にも、存在すら忘れ去ったディアッカの背中を踏み、自宅へと戻っていく。
ディアッカは、地面から身体を救出し、屋内へ戻っていく新婚夫婦を見送った。


婚姻届を提出して、わずか二ヶ月の夫婦の姿。


……いつか自分もあんな風に、ミリアリアといちゃいちゃしたいなあ、と思いながら。

「……帰るか」

心身ともに疲れ果てたディアッカが帰宅を決意した時、街を照らす赤い光は、西の山へと沈み行くところだった。




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