その驚くべき偶然に、ミリアリアは言葉を失う。
アークエンジェルを降りてから、連絡一つとっていなかったノイマンが、まさかディアッカとご近所さんだったとは……
よく今まで出くわさなかったものだと思う反面、ディアッカに対し、軽い憤りを感じてしまった。


……こんな近くに住んでいるなら、教えてくれても良いのに……


「で、どうしたんだ? 怖い顔で。エルスマンと喧嘩でもしたか?」
「いえ、そんなんじゃなくて……」

問われ、ミリアリアの目は泳ぐ。

「……なん、か……浮かれちゃって良いのかな? って……」
「……ああ、なるほど……」

言葉と態度で、ノイマンは理解した。
彼女が何に悩み、苦しんでいるのかを。

「さすがに、渡し辛いか」
「ディアッカの友人とか親戚とかに、巻き込まれた人はいないって聞いてますけど……気分の良い日じゃないですよね」
「……たくさん、死んだからなあ……」

心の傷は、時間が癒してくれると訊いた事がある。
ミリアリアの傷も、時間が少しずつ癒している。
時間だけじゃない。ディアッカがいたから、あの悲しみも、あの苦みも、少しずつだが乗り越えることが出来てきた。

だから、チョコをあげたくて。
素直になれない自分の気持ちを、チョコレートに込めて……胸に疼く想いとともに、彼に渡そうと思ってたのに。


連合が憎くて仕方が無い。


「……やっぱり、やめとこうかな……」
「渡さないのか?」
「不謹慎すぎません?」
「……いや、でも相手はエルスマンだからなあ……」

本音を言えば、彼女の意見に賛成だ。
不謹慎すぎる。

しかし、ディアッカはどうなのだろう。彼の性格からすると、例え今日が祈りの日であっても、この国の風習を知ってしまってる以上、彼女からの贈り物を心待ちにしてる様な気がするのだが……

「話、聞いてくれてありがとうございました」
「え? あ、ああ」

上の空になっていたノイマンは、いつの間にか向き直っていたミリアリアの声で、意識を現実へと戻した。彼女は深々と頭を下げてから、言葉を続ける。

「ノイマンさんのおかげで、ちょっと楽になりました」
「そうか? あまり役に立った気はしないんだが……」

実際ノイマンは、彼女の話を聞いただけだ。

「そんなことないですよ。ありがとうございます」

言ってミリアリアは、持っていたチョコレートをノイマンに差し出した。

「え?」
「……貰って、くれませんか?」

心を込めて作ったチョコレート。
でも……これは決して、渡してはならないもの。
ディアッカを困らせてはいけない。
だから捨てようと考えたのだが……やはり、捨てたくない。


折角作ったのだから、誰かに食べて欲しいじゃないか。


「俺で良いの?」
「相談に乗ってくれたお礼ってことで」
「分かりやすい義理チョコだな」
「す、すみません……」
「いや、ありがたく頂戴するよ」

恐縮するミリアリアから、ノイマンはチョコレートを受け取った。

「エルスマンには、絶対秘密だな」
「お願いします」

こぼれる笑顔。

これで良かったんだ――ミリアリアはそう、思うようにした。


ノイマンとはそこで別れた。手ぶらになったミリアリアは、一瞬、顔を出して帰ろうかと思ったが……大きなため息とともに、あきらめた。

顔を合わせ辛くて。
あまり『バレンタイン』という話題に触れたくなかったミリアリアは、寂しげに帰路に着いた。



――そして、全てを見ていた『家主』もまた、寂しさを身体の奥底に封じ込めた――




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