「はい、そこまで」
「?!」

視界を闇で閉じる中、その場にいるはずのない人物の、何とも呑気な声が聞こえる。
ナイフがもたらすであろう激痛も、一向に来ない。

ゆっくり目を開くと、不思議な光景が見てとれた。
今まさに、自分に襲いかかろうとするナイフと、その持ち手を掴む第三者――

「何だ、てめえ……」
「……何だ、だと?」

すばやくナイフを奪い取り、通り魔の首元に押し当てる。そして一言。

「人の女襲っといて、ふざけたこと言ってんじゃねぇ…!!」

声に、瞳に、よほどの迫力が込められていたのだろう。
殺意にも似た怒りが。

「――!!」

かくん、と通り魔は腰を抜かした。

すらりと立つは、闇夜を彩る金色の青年。


彼には、何も知らせてなかったのに。


「大丈夫? ミリィ」

壁に背を預け、衝撃に震えるミリアリアへと、キラが足を引きずってきた。

「キラこそ、大丈夫?」
「これくらい、平気。ごめんね、折角ついて来たのに……全然役にたたなくて」
「そんなことないよ!
 ……でも、」

ちらり、と彼女は、視線を通り魔の方へと向ける。
正確には――たった今、通り魔を恐怖で気絶までさせてしまった男――ディアッカを。

「どうして、あいつが……?」
「……ごめん」

ミリアリアの素朴な疑問に、なぜかキラが謝る。

「さっき連絡したんだ。ミリィが危ないこと考えてる……って」
「何でっ?!」
「だって……もしディアッカが危ないことしようとしてて、それを教えてもらえなかったら、ミリアリアなら、どう思う?」
「う……」

非常に困る質問だ。
もしそんなことが起こったら――間違いなく、そこがどんなに危険な場所であろうがお構いなし、ディアッカを一発殴りに出向くことだろう。

もう一度、ディアッカを見る。
同時に彼も、ミリアリアを見た。


静寂が訪れる。


そんな中、まずキラが動いた。彼はディアッカの足元に倒れる通り魔の意識を確認し、ポケットから手錠のような物を取り出して、男の両手にはめる。それからどこかに電話をかけ……一連の流れが終わった時には、キラと入れ替わる様に、ディアッカがミリアリアの側にいた。

彼は、何も言わない。
何も訊かない。
無言の威圧――

「……………………ゴメンナサイ」

無言の怒りに、ミリアリアは謝ることしか出来なかった。
紫色の瞳を見ることさえ、不可能である。
だがディアッカは、ため息まじりに、

「何で謝るの」
「……怒ってるじゃない」
「お前は、謝らなくちゃならないことしたって、思ってんの?」
「……あんたには」

バツの悪い顔をしながらも、ミリアリアは言う。

「黙ってこんなことして……ごめんなさい」

真に悪いと思うからこそ、彼女は恐々ながら、彼の瞳を見た。
そこにはもう、怒りは無い。
言葉に現すとしたら、憂い――

「キラから、通り魔捕まえる囮になってるって聞いて……どんだけ心配したか、分かってるか?」
「ごめんなさい」
「しかも相談の『そ』の字も無かったよな。折角傍にいるってのに」
「……ごめん」
「そんなに、頼りにならねえ?」
「ちがっ……そうじゃなくて……」

ディアッカが受けた誤解を、彼女は解こうと必死になった。

「ディアッカ、絶対駄目って言うと思ったし……それに、」

一度呼吸をおき、落ち着いて、続ける。


「心配、かけたくなかったの」


結果的には、相当の心労をかけてしまったが。

「……いっつもこんな事してると思うとさ、心配で心配で、寿命縮むわ」

はあっ、と大きく嘆息つき、ディアッカは言う。

「だから……もう、黙って突っ走るなよ?」
「うん」


それは約束。
二人の絆を深めるる約束。

雲ひとつ無い空に、一条の光が筋を作る。
星の流れる夜、ミリアリアはディアッカと、とても大切な約束を交わした。





-end-

結びに一言
某お話で投下したネタの再利用(爆)
もっとはっちゃける予定だったのに……あり??

*前次#
戻る0