やると決めたら早い方が良い。というわけで、その夜から二人は動き出した。
夜道を一人歩くミリアリア。10メートルほど離れた所をキラが歩く。
そう簡単に通り魔が現れるとは思っていなかったが――

「なあ、駅ってどっち?」
「一緒に遊ばない?」
「うちの店で働かないか?」

――予想より遥かに多い、新手の勧誘、ナンパの数。
それらを丁寧に、角の立たないように断っていくだけで、ミリアリアはヘトヘトになってしまった。

「……夜道を歩くのって、こんなに疲れることだったのね……」

人通りの少ない中小路で、少し休憩。
すぐ傍には、姿を消すキラの存在を感じ取れる。それが彼女を安心させていた。
キラがいるから、大丈夫――
思いをめぐらせた瞬間、もう一人、頭をよぎる。


ディアッカの姿が。


〈……どーしてここで、ディアッカが出てくるのよ……〉


自分は、彼をそんなに頼りたいのか――と考えて、

「……あれ?」

前方から、男が一人、歩いてきた。
トレンチコートを着た、ちょっと小太りな男。


友人が言っていた。新聞記事にも書いてあった。
犯人は、トレンチコートを着た小太りな男だと――


前方から来る男は、話に聞く『犯人像』と酷似している。ミリアリアは警戒を強め、それが表に出ないよう、軽く身構えた。
こつこつと近づく足音。
縮まる距離。
男は、ミリアリアの横を通り過ぎ――


〈……そう、よね。さすがに一日目から通り魔と遭遇なんて……〉


安堵の息を吐いた瞬間、それは突然、きた。


「危ないッ!」

潜んでいたキラの声が響く。
振り向くと、そこにはトレンチコートの男がいた。


――ナイフを、振りかざして。


やはりこの男が、例の『通り魔』だった――
頭で冷静に分析する一方で、足は驚きと恐怖で動かなくなってしまった。

「ミリアリア!」
「このっ……!!」

ミリアリアを守ろうと、キラが走りこんでくる。
が――

「くあっ!!」
「キラ!!」

通り魔のナイフはキラの手をえぐり、赤い血を飛び散らせた。

「邪魔だ!!」

ほぼ同時に体当たりまで受け、キラの身体は数メートル、飛ばされてしまった。
これは計算外の事態である。
たとえ相手が通り魔でも、キラが一緒にいれば大丈夫だと思っていた。
キラはコーディネーター。身体能力はナチュラルより優れている。

だが、ここは地球とはいえ……オーブなのだ。
オーブは数少ない、「ナチュラル」と「コーディネーター」が「共存」する大地。
しかも、荒削りながらもキラを圧倒する戦い方は……

「まさか……コーディネーター??」

立ち上がり様、キラが呻く。
そう――犯人が「コーディネーター」である可能性も、十分にあることを忘れ去っていた。

「その『まさか』だ」

通り魔が宣告する。
ミリアリアを見て。

「ここまではっきり見られちゃ……生きて返せねえよな……」
「!!」

通り魔は、ターゲットを絞った。
まずは当初の予定通り、ミリアリアに。

「ミリィ、逃げて!!」

割って入ろうとするキラだが、体当たられた時に足をひねったのか、右足をうまく動かせない。
血が流れる手を押さえ、彼女を逃がそうと吼える。
しかし――ミリアリアは動けなかった。
電灯にさらされ、輝くナイフの光が、彼女の恐怖を煽る。

「まず一人!!」

ミリアリアは目を閉じ、その身を強張らせた。


*前次#
戻る0