「一人?」
「まさか。人を待ってるの」

数分後、椅子に座ったミリアリアの元に来たのは、カガリでもラクスでもなかった。
紋付袴。和の正装をした色黒の男。
彼女はあきらかに嫌そうな顔をしながら、とりあえず話を振ってやった。

「あんたこそ、一人で何してるの?」
「ん? お前を姫さん達にとられちまったから、仕方なくイザークの子守してたら、邸に戻ってくラクス嬢見つけて……で、何かあった? って聞いたら、ミリアリアが怪我したから着いててやってくれ――って感じで」

事のあらましを親切丁寧――の割りに回りくどく説明する、色黒男・ディアッカ。イザークの子守で疲れたのか、口調はかなりのんびりだ。

「……それで『一人?』って訊いてきたの? あんた……」
「いや〜、どーやって声かけようかって思ってる内に気付かれちまったからよ。別に、ひどい怪我ってわけでも無さそうだし。で、何となく『一人?』って」
「……ナンパ用語じゃない、それ……」

呆れ、ミリアリアはため息をつく。
ほんのり――顔を赤くして。

「まあ、そう怒らないで。ほい、濡れタオル」
「……ありがと」

冷たく濡らされたハンドタオルを腫れる足に添えると、彼女はその流れで、ディアッカから顔を背けた。
あまり、見ないように。

「何でこっち見ないのさ」
「他意は無いわ。気にしないで」
「もしかして、見慣れない姿にドキドキしてるとか?」
「……面白いこと言ってくれるじゃない」

実際――そうなのだが、言い当てられた悔しさから、ミリアリアは挑むようにディアッカを睨みつけた。
彼は口元に指を置き、まるで考え事をするかの如く、眉間にしわまで寄せている。
ミリアリアの姿を見て、何か……思うところがあるようで。

「なんっつーかよ……お前――」
「――馬子にも衣装――って言ったら、問答無用で張り倒すわよ」

先手必勝。こういった状況でのお約束的文言を、ミリアリアは即座に封印させた。
言わせてなるものか。
浮いている……似合っていない。彼女はそう、思っている。
こんな晴れやかな、場違いな世界で、しかもこんな装束まで纏わされて。
ディアッカにだって……本当は、見られたくないのに……

しかし、彼は、

「誰がそんなこと言うかよ。すっげー似合ってんじゃん」

ふてぶてしいほど偉そうに、仁王立ちで言ってくれる。
びっくりするほどに。

「じゃ、何て言おうとしたのよ」
「やー……頭が寂しいなあ、と」
「あたま?」
「そ、頭」

同時に、ディアッカはミリアリアの頭に手を置いた。
いつもの様に、外ハネの髪。何かつけるわけでもなく、頭部はそのまま、普段のミリアリアで。

「折角着物着てんだからよ、簪一本で大分変わるぞ?」

言いながら、彼は懐から桃色の花の付いた「和」の髪留めを取り出した。そして、了承を得ることもなく、彼女の髪を結っていく。

「ちょっと……どうしたの? それ……」
「この会食、オーブの和系の小物職人も呼ばれててな、さっき少しだけ話したんだわ。そしたら意気投合しちまってよ……彼女へのプレゼントで貰ったわけ」
「か、彼女って――」
「ああ、動くな。頭に刺さっても知らねーぞ?」
「う……」

反論したかったが、簪が頭に刺さられても困るので、ジッとする。
少しだけ、静かな時間。
周りの声が、消えていく。




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