「なーにやってんの」
「あー…………ミ、ミリアリア?!」

少女の登場に、ディアッカはぎょっとした。
軍人の彼は、人の気配に敏感だ。大概は、背後から近づかれても人の有無を感じ取ることが出来る。
しかし今、よりによってミリアリアの存在に、声をかけられるまで気づけなかった。

――掃除に夢中になって。

思わぬ間抜けっぷりに、ディアッカは的外れなことしか言えなかった。

「……何やってんの?」
「それ、私が聞いてるんだけど」

呆れながら、ミリアリアはバケツから堕ちていた雑巾を拾い上げる。
水も雑巾も真っ白だ。

「いつまで続ける気?」
「んー……今日中にはバスターも綺麗にしたいしなあ……メドつくまで?」
「つく気配は?」
「まるでなし」

人事の様にディアッカは言う。
あっさりと、まるで自分には関係無い話の様に。

「じゃ、とりあえずご飯にしましょ? お昼、とっくに過ぎてるんだから」
「もうそんな時間?! うわー、体内時計完全に狂ってやがる」
「はいはい。分かったから食堂に――」
「あー、せっかくミリィが誘ってくれてるのになー」

瞬間、ミリアリアの時が止まった。

誘ってる? 私が? ディアッカを??
て言うか今、勝手に愛称で呼ばなかった?
いや、そうじゃないだろう。
問題にすべき場所は別にあった。



……せっかく?



「せっかくって……まだ食べないの?」
「――ああ」

その間が、これまたミリアリアに不信感を募らせる。

「……もしかして、お昼抜く気?」
「あー、昼って言うか……まあ、そーゆーことになるかねー」
「…………あんたまさか」

ミリアリアの目が細くなっていくのを間近で見るディアッカは、この後どんな現象が起こるのか……何となく想像できてしまった。



――あ、やばい。
これ、怒られそう。



心の中に留めた予想は、もちろん的中する。

「食事抜いて一日中機体整備とか言わないでしょーね?!」
「ぅわっ」

胸倉を鷲掴みにされ、ディアッカは少しだけバランスを崩した。
必然的に顔の位置が近くなる。
心臓の音が、三段階くらい速くなったが――

「ちょっと、聞いてるの?」
「あ、あ……きーてる」

――それは、ディアッカだけのようだ。

なんかちょっと、面白くない。

「まったく……パイロットが率先して体壊すようなことして、どうするのよ!」
「……それって、俺だから心配してるの? それとも数少ないパイロットだから?」
「――――」

自分でも意地悪だなあ、と思う質問を、ディアッカはぶつけてみた。
するとミリアリアは目を丸くし、ジャケットを掴む手を緩め……うつむきながらポツリと一言。

「……少佐に負けたくせに」

瞬間的に、ディアッカの顔が引きつった。
痛いところを突いてくれる。

「あのさ、それ、関係ないから」
「あるわ! 大有りよ!!」

極力穏便に事を済ませようとしたディアッカの言葉が、ミリアリアの勢いを復活させた。

「そんな状態で敵が来た時、あんたちゃんと戦えるの?!」
「ミ――」
「無事に、帰って来れるの……?」

ディアッカは、ミリアリアが『敵』という言葉を毛嫌いしていることを知っている。彼女がその言葉を使うのは、CICの席に座っている時だけだ。
しかし今、あえて彼女はその言葉を使った。

「……ミリアリア……」

優しく髪をなでると、いつもは振り払う彼女が、おとなしく、されるがままになっている。

……不安で。


昨日の模擬戦で、ミリアリアは危機感を持った。
MSパイロットとして優秀な部類にいるはずのディアッカが、MSパイロットとしてはルーキーに位置するムゥに負けたことが、とてもショックだったのである。
これが実戦だったら――考えただけで、眩暈がした。

「もう、負けないで」

懇願するように、青い瞳を潤ませて。


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