その時、カガリという名の少女は、オーブを統治する最高機関の入る建物で、机に詰まれた膨大な量の書類を読んでいました。
彼女はオーブの姫君です。いずれ、この地をおさめることになる人間です。
カガリは文字を目で追いながら、時折小さなため息をつきます。その後は、決まって窓に目を向けます。カーテンも閉められていない大きな窓には、雲ひとつ無い夜の空が浮かんでいました。
星がいくつも輝いています。
ふと、カガリの口がほんの少し開きました。


「――…………」


声を出そうとしましたが、カガリは思い留まりました。
呼んでも、来てくれる相手ではありません。来ないと分かっているからこそ、逆に寂しくなりそうで、怖かったのです。
例えこの声が届いても、困らせるだけだと分かっています。

分かっていました。

分かっていたのです。


サンタになれば、クリスマスに会うことは出来ないなんて、簡単なこと……


「……でも、なあ……」


カガリは椅子に深く座り、天井を見上げました。
頭にその人を思い浮かべ、目を閉じます。



「やっぱ……クリスマスにアスランに会えないのは、寂しいよな……」



と、根付く思いを口に出し、自分の気持ちを確認した時です。突然、書類に埋もれかけた電話が、けたたましく鳴り響きました。
カガリは息を呑みます。
発信者を知らせるディスプレイには、直前まで思い浮かべていた相手の名前が刻まれていました。




「――あ、アスラン?!」
《……そんなに、驚くことか?》
「驚く!! 驚くに決まってるだろ!!」

電話に向かい、カガリは声を荒げます。
大きな声で、まるで怒っているような口振りですが、彼女の顔はほころんでいました。

「いきなり……どうしたんだ? お前、仕事……」
《ああ、だから電話にした》
「?」

アスランの言葉の意味が、いまいちカガリに伝わりません。なので、アスランはもっと噛み砕いた表現に変えてみました。


《会いに行きたいけど、忙しくて無理だから、せめて電話――って思って》


静かな夜空の向こうから、アスランの声が響きます。


《我慢できなくて、声だけでも聴きたくなった》
「……そ、そうか……」


ストレートな会話に、カガリの顔は赤くなっていきます。素直に「会いたい」と言われ、照れてしまったのです。
おかげで、会話が途切れてしまいました。
沈黙を破ったのは、アスランでした。

《……カガリは?》
「へ?」
《カガリは……俺に会いたくなかった?》
「あ、会いたいに決まってるじゃないか!! 何言い出すんだ、いきなり……」
《そうか。……良かった》

そこには安堵がありました。
カガリから「私も会いたかった」という話が出なかったことが、少しだけ不安だったようです。




会いたがっていたのは、自分だけではないのか、と。



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