「あいつらどこ行った?!」
「くっそー……コケにしやがって!!」

そんな愚痴をこぼしながら。
自分達の事を言っている――カガリとミリアリアの背筋に、冷たいものが走った。
二人は誘拐された身で、囚われの部屋から逃げ出した存在。
見つかったら大変なのだ。

「……ごめん。暴走した」
「いいよ、見つからなかったし……」
「だが……!!」

何か言おうとして――カガリの身体が凍りついた。ミリアリアの後ろを凝視して、わなわなと肩を震わせている。
不思議そうに、ミリアリアも後ろに目をやった。屋敷の主、あるいは史書室のような造りの中、壁に大きな紋章がかけられている。
正円の中に三角形と騎馬を模した紋章。
どこかで見た形だ。

「……なんで、これが……ここに?」
「これ……」

ミリアリアは、数少ないデータファイルの中から、この紋章について思い出そうとする。
一体どこで見た?
頭をフル回転させていると――

「……おやおや。これはまた」

後ろから男の声が響いた。ミリアリアも聞いたことのある、よく聞く声。
今日は……どうだろう。自分にかかわって来たのは、ほとんど『もう一人の方』だったはずだ。

「拘禁室に入れてある、と報告を受けてるのですが」
「……あなた……が……?」

カガリは睨むように、ミリアリアは驚きの眼差しで男を見た。
まさか。
まさか、彼が。


「一体どういうことか説明してもらおうか、ケイマ・センテグロ!!」


名前は、以前聞いている。初対面の時に自己紹介を交わした。唯一違うのは、その表情。
ミリアリアは「彼」の穏やかな表情しか覚えが無いが、今、目の前にいる「彼」は、それと一線を画する冷たい印象しか受け取れない。

でも――間違いなく、「彼」は「彼」だ。

取材の前後も、誘拐される直前にも、この姿は確認した。
いつも、自分より頭一つ分背の高い秘書の後ろにいた。
誘拐の時だって、こちらに近づくのを制止された人物である。
年の頃なら二十代半ば。黒塗りのスーツを着た明るい面持ちの男性。



――カガリ直属の秘書――



衝撃を受けるカガリとミリアリアに対し、ケイマは笑顔で、それでいて冷徹な瞳を向けた。

「さて、一体何について聞きたいんですか?」
「全部だ全部!! お前がここにいるのも、私を誘拐したのも、この紋章がここにあるのも!!」

カガリは叫んだ。
もう……悲鳴だ。
その哀しい悲鳴に、ミリアリアもまた胸を痛める。
この男は、彼女が絶対の信頼を置いていた人間の一人のはずだから。

「私が来たのは、あなたにちゃんと、私の存在を理解してほしかったからですよ。でないと、復讐は終わりませんからね」
「復讐だと?!」
「ええ、そうです。その紋章で、気付かれると思いましたが?」
「お前……まさか、マズルの……」
「マズル――って!!」

今度はミリアリアが驚愕の声を上げた。
彼女の記憶に間違いがなければ、マズルとは、八年前まで国政に関わっていた、公爵家の一つである。

その昔――オーブは六つの氏族によって統治されていた。しかし八年前、公家の一つ・マズル家の当主が公金横領という犯罪に手を染め、結果、マズル家は爵位剥奪、国政からの永久追放となったのだ。

「あの……マズル?」
「そのマズルですよ。私は本来なら、現マズル家当主の位置につくべき人間でね」

ケイマが笑う。
首から下げた、金色のペンダントを見せて。
二人に、描かれたマズルの家紋が見えるように――

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