「……え? 何?? 何が起こったの?!」
「気にするな、ただの隠し扉だから」
「隠し扉?!」

突然景色が変わり、何が起こったのか分からないミリアリアの手を引き、カガリは狭い通路を走り出した。
とにかく、急がなくてはならない。

「有事の際の非常用隠し通路だ。あの扉も、一度開いたら十分間は開かない仕組みになっている」
「何でそんな事知ってるの?!」
「セイランの本低にも同じものがあるんだ。八年前のあの日、ユウナがこの扉を前に、これでもか! ってくらい自慢してたのを思い出してさ」

あの時はただ鬱陶しいだけだったが、まさかこんな所で役に立つとは思わず、カガリは……少しだけ、ユウナに感謝した。
世の中、要らない知識は無いんだな、と思い知る。

「これ、どこに通じてるの?」
「そこまでは……だが、あそこでおとなしく捕まるよりはマシ――」

走って走って――二人は足を止めた。
暗い通路から一転、光溢れる巨大な部屋へと辿り着く。
それこそ、屋敷の概観からは想像も出来ないほど立派な――シェルターに。
二人は息を飲んだ。
……まずい事態かもしれない。
彼女達が足を踏み入れたのは、天井まで吹き抜けとなったシェルター――の、作業用スペースであろう左翼通路。高さから見て、二階部分に当たると思われる。
追っ手や人影が見えないのはありがたいが、困ったことに、この通路の上に、どこかに通じる扉らしきものは無い。別の場所へ移動するには、下に下りないことには始まらないのだが……昇降に使うはしごは、下部に片付けられている。

「これじゃ、身動き取れないな……」
「あ、カガリ! これ使えるかも!」

辺りを見回していたミリアリアが見つけたのは、これまた何らかの作業に使うものと思われる、頑丈そうなロープ。長さもあるので、下まで届きそうだ。
彼女は手すりにロープを縛り付けると、何度か引っ張り、解けないのを確認して下に降ろす。そして自らもロープに身をあずけ、ゆっくり、ゆっくり降り始めた。

「慌てるなよ、ゆっくり……」
「うん……」

カガリの声援を受け、滑りそうになるのを必死で耐えたミリアリアは、静かに下へと降り着く。
ロープを放した時、彼女の手は真っ赤になっていた。うっすら血も滲んでいる。
しかしそんなことは気にせず、ミリアリアはカガリに目をやった。
今まさに、降りようとしている彼女。ロープを手に、足を通路から離し――

「いたぞ! こっちだ!!」
「えっ!!」

シェルターに、男の声が響き渡った。
――こんなタイミングで?!
ミリアリアが、シェルターに入ってきた男に目をやると、彼は自動小銃を片手に、シェルター外にいるであろう仲間を、こちらに誘導している。

「カガリ――」

――少し急いで!
紡ごうとした言葉は、彼女の姿を見た瞬間、飲み込まれた。

「っと……」

男の声と出現に驚いたのだろう。彼女は、バランスを崩していた。

「だ、代表が!!」

入ってきた数人の男達も息を飲む。きっとカガリには手を出さないよう、ケイマから言われているのだろう。多少の怪我なら良いかもしれないが、あの高さから落ちたら『多少』では済まされない。
カガリは必死に、ロープにしがみつく。だが、体勢を立て直そうとすればするほどロープは揺れ、やがて――

「うわあっ!!」

――彼女の手からロープが離れた。
支えを失い、宙に投げ出されるカガリの身体。

『カガリ!!』

ミリアリアが叫ぶ。
同時に――遠くから、全く同じ名を呼ぶ声が響いた。



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