ざわめく対策本部。そんな中、キサカは部下たちに指示を出し、イザークを人垣の外へと連れ出した。 勝手に電話に出た事をいさめているのだろう、とディアッカは思った。普通ならそうする。キサカが一方的に話しているし、イザークが反論している素振りも無いし―― ――そこまで考えて、「おかしい」と思った。 イザークという人間は、他から見れば非難に値することでも、自分に非があると思わなければ反論する。今回の電話交渉も、悪い結果を出したわけではない。向こうが伝えたかったのは、「国家元首は自分たちの傍にいる」「身代金は500億」の二点だけだろう。なら誰が出ても同じ状態になるはず。それなら、せめて一言でも、イザークが反論に出ない方がおかしい。 その内、イザークは何やら考える素振りをとった。視線を床に落とし、やおら目を赤服隊員に向けた。 「シホ」 「はっ!」 彼女は、憧れる隊長の悠然とした態度にうっとりしつつ、通る声ではっきり返事をしつつ、二人に駆け寄った。 〈……なるほど〉 ディアッカは確信した。キサカはイザークに、協力を依頼したのだろう。シホが呼ばれたのは、この件に付随して「何か」をさせるため。 何はともあれ助かった。キサカがジュール隊と連携をとってくれるなら、ミリアリア救出にも参加しやすくなる。 そう、ミリアリアだ。 ディアッカの中には、今、危機感しか無い。 周りを見れば、官僚から政府関係者、みんなが頭を抱えている。そりゃそうだ、誘拐されたのは国家元首様なのだから。 この場にいる誰もが、カガリ救出を最優先としている。 もし、ミリアリアとカガリが同時に窮地に陥った時、どういう判断が下されるのか。 じっとしていられない。けど、情報が無ければ動きようもない。 堪らず、ディアッカは歩を進めた。向かうは複数台の通信機器やモニタをセッティングした、追跡班のサポートチームの元。犯人を追うSP達の居場所は巨大モニタに映された地図で常時確認でき、通信機を使ってSP側の報告を受け、こちらから指示を出している。 「おい、進展あったか?」 「いや……何も」 ディアッカの問いに答えたのは、彼と同じく、じっと待っていることの出来ないアスランだった。 「向こうも複雑に逃げているみたいだ」 「頼むから、逃がさないでくれよ……?」 ディアッカが願った時だった。拡大された詳細地図の上を走っていた追跡班の動きが、ぴたりと止まる。 そして、キサカも声を上げた。 「追尾はどうなっている?」 「追跡班が車両を見失いました。今、街中の監視カメラで追跡しています」 アスランとディアッカ、二人の背中に冷たいものが走った。 いや、二人だけではない。全員が全員、同じ状況だろう。中には座り込む官僚もいる。 連絡係の男性がイヤホンを抑え、キーボードを弾いていく。その横で情報処理を担当していた女性は、突然インカムを外し、うな垂れた。 「駄目です……この周辺、カメラが設置されていません」 「どこかで引っかかるかもしれない。 「……はい」 一息つき、一度あきらめた女性職員は、再び表情を引き締めた。だが周りは、引き締まるどころかどよめくだけ。 オーブは先の戦争が一段落した後、施設や店頭、街中などに付けられた防犯カメラの映像を、国防機関で一括に閲覧できるシステムを導入した。全ては有事を見込んでのことである。いくら条約が組まれたとは言え、情勢はまだまだ不安定だ。「もしも」の備えの一つとして、「そこまでする必要など無い」と訴えるカガリの反対を押し切って導入したものが、国家元首誘拐事件でその成果出せなかった。 どよめきの中で、このシステムでの追尾を失敗したことに落胆する声があったのを、ディアッカは聞き逃していない。 心底――腹が立つ。 そんな中、キサカが追跡チームの一人の横についた。 「こちらも無理か?」 「申し訳ありません。周辺の捜索はかけていますが……」 「そうか。最後に確認したのが、ここか?」 「はい」 キサカの声は落ち着いていた。 失敗したのに諌めることも無く、慌てもしない。 |