分からない。 ミリアリアには、何が起こっているのか全然分からない。 着信は、ディアッカの携帯からだった。なのになぜ、聞こえる声は知らない女性のものなのか。 不信感が募る。 《私はシホ・ハーネンフース。貴方に聞いてほしいことがあるのだけど》 名前を聞いてもピンとこない。 《……ミリィ?》 全く反応が無いためか、シホはこちらを窺うような反応を見せた。 明らかに怪訝な声である。 だがミリアリアとカガリは口をふさがれ、電話を持つ男もあまり楽しくなさそうな表情で、電源ボタンに指をかけている。 どうにかして外と連絡を取りたい……そんな二人の思いは、天に通じた。 ――シホが短気だったおかげで。 《……ちょっと聞いてるの? こっちは代表がさらわれて忙しいの! 確かに貴方を怒るのも無理はないし、その原因の一つに私も含まれているけど……貴方がディアッカと仲直りしてくれないと、あいつ、使い物にならなくて困るのよ!!》 その瞬間、全員が息を呑んだ。 彼女は――というか、この電話口は――使える。 こういう情報が、そう簡単に外部にもれるはずは無い。現時点で、国家元首の誘拐を知っているのは関係者だけだ。 となるとこの女性は―― 男は意気揚々と声を上げた。 「あんた、政府関係者か?」 《――誰?》 誰もが、シホが警戒心を強めたことに気がついた。 声がワントーン低くなっている。 「誰だと思う?」 《こっちが聞いてるの。質問に答えなさい!》 「誘拐犯だよ」 言うなり男は電話をカガリの顔に押し付けた。カガリがここにいることを、自分たちが国家元首を誘拐した犯人だと分からせるために。 「おい、お前――」 「――というわけだ。分かってもらえたかな?」 すぐさま通話口は、男の元に戻される。 彼はカガリを気にすることなく、再びシホに話しかけた。 「責任者を出してもらおうか」 《……分かりました》 悔しそうな声が聞こえる。 きっと心底悔しいのだろう。だが、それはシホだけではない。今この場で、「人質」という立場をにいるカガリの憤りはシホ以上だろうし、ミリアリアも…… そう、ミリアリアがまた凄いのだ。 笑い事ではない。俯いているから誰も表情を確認することは出来ないが……今現在の彼女の顔を見ることが出来たなら、どんな人間も間違いなく逃げ出すことだろう。 例えばディアッカが、現在のミリアリアと面会がかなった場合――100%確実に土下座する。 自分に全く非が無くとも。 今この時、車中では犯人と「責任者」が真剣に交渉を行なっている。しかし悲しいかな、ミリアリアの耳には全く届いてくれなかった。 頭にあるのはただ一点のみ。 ――何だ? あの女は。 怒る原因の一つは自分だ……と言ったおかげで、彼女がディアッカと言い争いをしていた『イザーク』の部下という目星はついた。よーく思い出せば、あの女性の声の様な気もする。 ということは、彼女とディアッカは、電話すら仲良く見せ合いっ子出来る仲なのか? ディアッカにとって――私は一体何なんだろう―― そう思って……首を振る。 ディアッカは、ミリアリアの恋人ではない。あくまで仲の良いオトモダチとしてお付き合いしている。だから……こんな思考回路になること自体おかしいのだ。 そう、彼女にとってディアッカはただの『お友達』。 なのに何故、、こんなに悩まなくてはならないのか。 さらわれただけでも、頭が痛いというのに。 色々考えた結果、ミリアリアは一つの結論を出した。 ――やはり、ディアッカが一番悪い。 彼女の怒りの矛先は、自分とカガリを誘拐した人物よりも、ディアッカ一人に向けられてしまった。 問題は……それに気付いている人間が、誰一人としていないこと。気付ける唯一の人物であるカガリは、交渉の電話に集中してしまっている。 〈あのバカ男……!!!!〉 ミリアリアの怒りは、静かに臨界点を迎えようとしていた。 |