厄日だ。そう思いながら、ディアッカは帰路についた。 とにかく、イザークから電話を取り戻さないことには何も始まらない。 「何であの時奪い返さなかったんだか……」 ぶつぶつ言いながら路地を曲がり―― ぎゅおんっ! 「おわっ!!」 突如暴走車が突っ込んできて、ディアッカは反射的に身をかわした。 黒く大きな車。 「何だ? ありゃ……」 唖然としていると、今度は何台もの車が猛スピードでやってきた。まるで、先を走る車を追いかけるように。 追跡――? そんな言葉が頭をよぎった時である。 「ッの――!!」 「!!」 第三の存在が、路地を飛び出してくる。それは良く知った男だった。 「アスラン?!」 「ディアッ……!」 互いが互いの存在に驚く。そのままディアッカは、アスランの右手に視線を移した。 闇夜に光るはシルバーブレッド。 銀の拳銃を持ちながら公道を走るアスラン――瞬時に彼は、緊急事態であることを認識した。恋人(あくまでディアッカの説)を怒らせてうちひしがれる情けない顔は、すぐさま軍人のものへと変貌する。 「どうした?」 「カガリがさらわれた!」 「な――」 はき捨てるように発せられた一言に、ディアッカは言葉を失った。 冗談だろ? と続けたかったが、アスランがそんなことを言うはずがない。 つまり演習ではなく、本物の誘拐。 現実問題としてさらわれてしまった国家元首――かなり最悪な状況だ。 「くっ……」 髪をかき上げ、冷静であろうとするアスラン。その姿を見たディアッカは、懐かしい感覚にとらわれた。 久々に見るアスランである。 戦争以降、全く見る機会のなかった、あの。 「おい、ちょっと落ち着け」 「落ち着いてるさ!」 「落ち着いてねーって……」 この状態の人間を見て、誰が落ち着いていると判断できるだろうか。だが、本人が落ち着いていると豪語するのだから仕方ない。 ディアッカは仕方なく、落ち着き払った人間を相手にしていることにした。 「あいつら追跡班だろ? なら一度戻って、対策本部立ち上げるなり……」 「作った。キサカ一佐が陣頭指揮を執っているはずだ」 「なるほど。でもよ、いくらお前でも、走ってどーにかなるもんでもないだろ」 「…………」 アスランに返す言葉があるはずもない。すでに、追うべき車は遙か彼方に行ってしまってるのだから。 「とにかく、一回戻るぞ。追うにしたって、アシ無ぇんじゃどーにもなんねー」 言ってアスランの肩に手を乗せると、ディアッカは議事堂へと走り出す。一瞬遅れ、悔しそうにしながらも、アスランもまた踵を返すのだった。 |