生きるための選択


議長なんか、信じていない。議長の言った通りに行動して、彼女も、シンも、言葉では語りつくせない苦しみや悲しみに襲われた。
憎んでも、憎み足りない存在――なのに――




どうしても、憎み切れない。




そんなルナマリアの心情を察したのか、ヤナックは静かに口を開く。



「俺さ、今でも議長のやったこと、間違いだったとは思えないんだよな」



周りの騒音にかき消されそうなほど小さな声で紡がれた言葉は、ルナマリアに衝撃を与えた。
当時議長に熱狂していた人間も、彼の取ろうとした強攻策を知るや、「やりすぎ」だの「非人道的」だのと称し、議長を否定して回ったのである。それに反発した「デュランダル妄信派」と現議会が対立し、醜い争いを演じたのも手伝って、今では大多数の人間が、議長のやろうとしたことは間違いだった、と感じている。
しかし彼は、自分の意見を真っ直ぐに言う。

「確かにさ、議長の創ろうとした新世界案に乗るつもりは全く無い。遺伝子のレベルから、人生左右されてたまるか。地球に対する攻撃だって、今から考えれば矛盾も良い所。結局、議長は独裁者になりたかっただけって言われたら、それまでなんだけどさ……でも、ロゴスに関しては、あれだけは正しかったと思うんだよ」



ロゴスがいるから、戦争がなくならない――その理屈をそのまま「正しい」と称することは出来ないが。



だが、それでもロゴスの存在を、認めてほしくなど無い。

「……たとえロゴスが政治的中枢にいたとしても、ロゴスを排することで、組織が崩壊したとしても、それでもあんな奴らの存在、許しちゃいけないんだ。だから俺は、今でもロゴスの巣窟だった地球や、ロゴス排斥が強まる中、奴らを匿った国が何考えてるのか、理解できないししたくも無い」

一瞬だけ、ヤナックの瞳に炎が灯った。
憎しみの炎。
彼は心の底から、ロゴスを憎んでいる――


「……だからさ、全部を否定する必要は無いんだよ」
「え?」
「議長のこと。俺は、すごい信念を持った人だったと思うわけだよ。それこそ、命預けられるような、さ。最後は方向性完全に違っちゃったけど、ロゴスの一点に関しては、議長が正しかったと信じてるからさ」

そこには一点の曇りも無い。
彼はよく分かっている。ルナマリアの心情を――いや、これは彼女だけでは無い。ザフトに所属する者なら、大抵の人間は感じた悩みだ。



大義の裏の真実――……そこにあったのが、完全なる「独裁政治」の形で。
従わないものは潰す――……その本質は、敵であった連合軍と何ら変わり無いもので。



自分達が従っていた者が、悪人と称されていくのは、辛い。
どう足掻いても憎みきれない理由は、ここにある。


「正しいものもあったんだと思ったら、少しは楽にならないか?」
「……そう、ですよね」


微笑んで、ルナマリアは頷く。
単純に、嬉しかった。
こんなにも素直に、自分の心情を言葉にしてくれる人がいてくれて。
自分の想いが……簡単に否定されるものではないと知って。






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