生きるための選択 声を響かせて近付いてくるのは、デュッセルカンパニーの警備員達。彼らはシンを目的とした追っ手である。ここに隠れつくまでにも何度か遭遇し、その度に寿命の縮まる思いに駆られてきた。 「俺達はB区画をもう一度見回ってくる」 「じゃ、こっちはドックを重点的に」 言って、彼らは二手に分かれていく。 それから十数秒、シンは気を張り詰め―― 「……ったく、心臓に悪いって……」 追っ手の気配が完全に断ち切れたところで、ようやく安堵の息をもらす。 同時に、全く別の「音」がシンの耳に届いた。 ――ぐー……きゅるるるるる―― 発生源は、自分。 自分の腹部から、空腹を示すアラートが奏でられている。 「……………………」 言うまでも無いが――お腹がすいた。 かなり減った。思考が麻痺するくらい減った。 「……結構、走り回ったからなあ……」 時計も無いし、気を張り詰めていたのも手伝って、時間間隔も麻痺している。 あれからどれだけ時間が経ったのかも分からない。 「……だめだ。腹減りすぎて、動けねえ……」 ため息と共に腰を下ろし、シンは鞄を手元に持ってくる。朝食べたクッキーが、確か少し残っていたはずだ、と。 記憶通り残っていたそれを取り出すと、同時に、小さなノートも視界に入った。 「…………議長の目指した、世界………」 さくっ。 クッキーを口に入れ、うわ言の様に呟く。 彼がその言葉を紡いだのは、ライドンと再会した時のことを思い出したのもあるが、それ以上に、目に入ったノートが。 小さなA5サイズのノートは、シンの物ではない。 ギルバート・デュランダルの「手記」である。 なぜかは知らないが、議長の手記と、手紙が一通、シンの机の中にしまわれていた。 中身を見て、愕然として――……元々、寮に居られないと思っていたが、この手紙が引き金になったと言っても過言では無い。 本当は手紙も一緒に持って出るつもりだったが、無意識の内か、元あった場所にしまって出て来てしまった。 議長の目指した世界。 興味はある。いや、心底惹かれる。 争いの無い世界がもし本当に作れるのなら、誰も不条理に傷つけられることの無い世界があるのなら、自分はそこに行きたいと。 強く、強く、願うけど。 未だに、シンには分からなかった。あの戦争は、どこまで正しかったのか。 どこまで間違っているのか。 全てが……間違いだったのか。 そんなことを考えながら、シンは改めて、議長の手記を読んだ。ずっと持ち歩いていたが、目を通すのはこれが二度目である。 「……ん?」 読むというよりは「眺める」、という表現の方が正しいと思えるほどの速さでページをめくる中、最後の方で、シンは違和感を覚えた。 途中、紙が厚くなっているページがある。 「くっついてる……?」 前に読んだ時は気付けなかったが、冷静な頭で見ればはっきり分かるほど、二枚の紙が意図的にくっつけられている。 シンは慎重に、その二枚をはがした。 間に書かれていたのは、単純な一文で。 「…………どういう、意味、だ?」 とても単純明快、暗号でも何でもないであろう文脈。 何を言いたいのかは分かる。 しかし、何を指すのかが分からない。 クッキーを頬張る約数分の間、シンはひたすらノートと格闘していた。 |