大切な人のために オーブ官邸――夜の代表私設室。照明も点けずカーテンも閉めず、暗闇の中、カガリはただ頭を抱えていた。 机に肘を突き、組んだ両手の指に額を埋め、平静であろうと心を落ち着ける。 《……どうしたの? カガリ》 机の上のディスプレイの中には、心配そうなキラがいる。 ゆえあって、彼女の元へと回線を開けば、辛辣なるカガリの姿が飛び込んできた。不安と驚きが交差するが、何があったか知らないキラは、彼女を心配することしか出来ない。 そんなキラに、カガリは簡単な言葉で、今置かれている立場を伝えた。 「ミリアリアが、捕まった」 《――それって……》 「あのディスクが欲しいらしい」 目を見開くキラに、カガリは呟く。 「……お前が狙われると思ってたのにな」 《……本当にね》 辛そうに笑うカガリと、困った笑みを見せるキラ。そう、これは本当に、二人にとっては想定外の出来事だった。 今、オーブはプラントに、あるデータを渡そうとしている。これがまた厄介なことに、色んな軍事転用が可能な産物であることから、沢山の方面から、譲ってくれだの買わせてくれだの、大々的に狙われてしまっている。 だから、キラが動くことにした。 キラが、データを持ってプラントに出向く――そうすることで、データを狙っている者達の注意を、キラに向けさせようとしたのである。 もちろん、データをキラが馬鹿正直に持ち歩いているわけではない。データは彼女たちが絶対の信用を置く第三者に持たせてあり、その人物もまた、プラントに向けて出発している。 「お前が囮って、ばれたのかな……」 《どうだろう。けど、ディスクの所在が分かってるわけじゃないと思う。そこまで把握してたら、もっと別の手を使うだろうし》 「だよな」 カガリは少しだけ安堵した。ミリアリアが拉致され、この上ディスクの所在まで握られていたら、こちらの打つ手は非常に限られたものになってしまう。 だが、 《……なんで、ミリアリアなのかな……》 キラの言葉が、カガリの心に不安を落とす。 《何で彼らは『ミリィ』を狙ったんだろう》 「オーブ居住者だから……いや、でもあいつら、オーブの名は一言も出さなかったな。最初っから『ミリアリア・ハウ』って……」 《つまり、カガリとミリアリアの繋がりを知ってる人間……になるね》 カガリの顔が強張っていく。 国家主席と個人のジャーナリスト。カガリはともかく、ミリアリアの過去の経歴など、公にはされていない。一度同じ船には乗った間柄だが、姫君と二等兵の関係性だけで、重要データを流させるだけの力を持っていると、はたして賊は思うだろうか。 《相当調べ込むか、あるいはこちら側の情報に精通してない限り、ありえないことだよ》 「くそっ……何なんだ、一体……」 キラの宣告に、カガリは天を仰ぐ。 賊の情報源が分からない。一体どこから、ミリアリアの事を探ったのか。 「……お前、プラントに着くのって……」 《オーブ時間だと、明日の夕方、かな》 「オーブ時刻で、明日の午後五時、プラント第三ドック――そこにディスクを持って来い、って話だ」 出来すぎてる、と小さく付け加え、彼女は再び、キラと向かい合う。 「こっちもプラント側と連絡を調整するが……」 《着いたら、第三ドックに行くよ、僕》 「頼む」 カガリの手が震える。 元々行動派の彼女である。 何も出来ず、事の成り行きを見守ることしか出来ない自分が、すごく腹立たしかった。 NEXT>>>PHASE8−生きるための選択 |