大切な人のために






その頃、レイと一緒にエレベーターを降りたアネハは、非常に苛ついていた。

「良いのかよ、あいつの横暴、許しておいて」
「俺らにどうこう言う権利は無え。レイ・ザ・バレルは、あくまでも坊ちゃんの『来賓』だ」

諭すグランも、ライドンのやり方全てに賛成しているわけではない。アネハが疑問に思うように、グランだって、レイの処遇については疑問点だらけだ。
彼を好き勝手させるメリットなど、どこにもない――と、少なくともグランは感じている。

「……好きにやらせておけば良いさ。こっちの知ったこっちゃ無い」
「けど……やっぱ女をあいつの傍においておくのは、まずいと思うぞ?」
「何故?」

レイのことで絡んでくるのは、いつものことである。しかし、態度は全然違った。
普段はただ、食ってかかってくるだけなのに、神妙ささえも感じさせるアネハの姿に、グランは何か、不思議なものを感じ取る。
ゆえに訊いていた。
彼の意見に、耳を傾ける気分になったが――


「あいつ、逃がす」
「……無いな、そりゃ」


アネハの考えに、グランは一瞬にして「聞く耳」を閉じる。
だが、彼引かない。

「どこが無いんだよ! 絶対逃がすって!!」
「あのなー……あいつは、ここを出たら老い先短い命なんだぞ? あの女逃がして、ライドンお坊ちゃまの逆鱗に触れたりしたら、それこそ寿命待たずしてあの世行きだってのに……逃がすメリットが全く無――」
「――ある」


ライドンの主張を途中で打ち消し、アネハは断言する。


「あいつは、自分の命を大事にしようなんざ、全然考えねえ。だから、逃がす」
「見も知らない女のために、命張るってか?」
「女のためじゃない。一緒にいた、あのガキのためだ」

強い瞳に、グランは息を呑む。
何も反論させない強い意思――アネハの瞳には、そんな力が込められていた。

「あの女、多分、あいつの大事な奴の、そのまた大事な人間だ。だから、そいつのために、あの女を助けようとする」
「……自分の命、顧みず、か?」
「だから、さっきから言ってんだろ。あいつは自分の命を軽んじてるって」

未だ信じられない風のグランを、アネハは切り捨てた。

「あーゆー奴は、自分絡みだと、てんで使い物にならねーくせに、少しでも情の移った人間に対しては、恐ろしい力を発揮するんだよ」

じろり、と睨み上げるアネハ。その目は、「いい加減納得しろ」と訴えている。
しかしグランは、その考えに賛同することが出来ない。やはり最後に大事なのは自分の命――それが彼の持論だから。



そういう人間しか見てこなかったから、というか。
にわかに信じがたいアネハの主張。だが、彼の言葉は、グランの中にあるレイへの不信感を、少しずつ増徴させていった。






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