大切な人のために



「相変わらず警戒心が強いな。保護者に向かって」
「俺は貴方を保護者だと思ったことはない」
「デュランダルは立派な保護者だったと思うが?」

レイにとって、デュランダルは親。そこを否定するつもりはない。
しかしライドンは、デュランダルは「薬」を与えていたからレイの「保護者」という認識でいる。
それは大きな認識のズレ。

「もう少し、気を許してくれても良いと思うんだがな」
「…………あんたとギルは違う」

論争する気も起きず、一言で終わらせる。
その時レイは、顔を伏せていたため気付かなかった。
ライドンのこめかみが、一瞬だけつり上がったことを。

「どうだい? 彼女の様子は。怒ってないかい?」
「怒ってはいない」
「じゃ、怯えているのか?」
「……驚いている、というのが正しいと思う」
「そうか。驚いているか。さすが度胸が据わってる」

ミリアリアの反応に数秒笑い――そしてライドンは、話を切り替えた。


「何故、あの部屋に彼女を招待しない?」


鋭く、容赦ないプレッシャーとともに。
ライドンはレイに、ミリアリアを連れて行く場所もちゃんと指示していた。それは、レイの部屋ではない。
彼は今、ライドンの命令に逆らった行動をとっている。

「それとも、怖気づいたか? シンの大事な女性を、危険な目に合わせると……」
「渡さないとは言って無い」

レイはすかさず否定した。
しかしそれは、些か反抗しているようにも見える。
あまり見せることの無いレイの姿に、ライドンは何か面白いものを感じ、笑いがこみ上げるのを堪えながら宣告した。

「なら、明日の午後には、研究室の方に連れてきてくれよ?」
「分かっている……」

泳ぐレイの瞳を、ライドンは見逃さない。
彼の心に、迷いが生まれている。多分ミリアリアと話して、シンの話題でも出たのだろう。
それで、戸惑いが現れた。


〈これは……少し釘を打っておいた方が良いかな?〉


不確定要素が少ないに越したことは無い。
口角を上げ、ライドンは囁く。


「シンのことが気になるか?」
「!!」


レイはびくりと身体を震わせた。
図星だった。
エレベーターに乗った瞬間から、シンがライドンと話して、どういう結論を出すのか。
もし、ライドンの申し出に乗って来なかったら――……

「心配しなくても、シンはなら今、上で仕事をしている」
「……仕事?」
「彼もやはり、お前と同じく、デュランダルの作ろうとした世界への魅力が捨てられない人間のようだ。だから工作部員として働いてもらうことになったんだ。今回の大仕事が終わったら、一度しっかり話し合ったほうが良いんじゃないか? 彼もお前をすごく心配していた」
「…………ああ」

心無いライドンの言葉を鵜呑みにし、レイはその場から立ち去っていく。
どうやら『楔打ち』は成功したようだ。これで滅多なことが無い限り、彼は自分の意のままに動いてくれることだろう。


「せいぜい、俺のために踊ってくれよ……?」


と、冷笑を浮かべた時だった。
胸ポケットに入れた携帯が鳴る。それは、部下からの緊急報告だった。

「――……そうか、分かった。絶対見つけ出せ。生きて外に出させるな」

瞳が、氷のような冷たさを放つ。
緊急の報告。
内容は――シンが生きて、あまつさえ逃走した――という、ライドンにとってかなり好ましくないものだった。






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