大切な人のために



「何でそんな卑屈になれるの? シン君が、どうして君を恨むわけ?」
「俺はシンを騙し続けたからな」

レイもまた立ち、読んでいた本を棚に仕舞い、話を続けた。

「士官学校に通っていた頃から……いや、出会った当初から、俺はシンを騙していた。議長の『駒』になるよう、あいつを欺き続けたんだ。友達のように振舞ったのも、何もかもがギルのため。恨まれない理由の方が無いんだ」

説き伏せるように言うレイ。そこには、絶望にも似た眼光があった。
痛みが伝わる。

「でも……シン君はきみの事、友達って言ってたわよ?」
「友――……」

ミリアリアの言葉に、レイは面を食らったような顔を見せた。
驚きの表情は、ゆっくり色を失っていく。
浮かぶのは悔しさ。何を悔しがっているのか、それは本人にすら分からないが、確かに彼は悔しがっていた。

「……信じられるか、そんな戯言」
「君がそう思ってても、シン君は、君を友達だと思ってる」
「聞こえなかったか? 信じられないと言ってるんだ」

強く、強く否定の言葉。
誰も信じない。何も信じない。そう表現するように、彼は続ける。

「シンの話をして、同情心を引き出そうとしてるなら、止めておけ」
「そんなんじゃない!! シン君、君の帽子持ってるのよ?!」

鬱陶し気に踵を返すレイに、ミリアリアは訴えた。
足が止まる。シンの名で、レイは心を揺らしている。それがミリアリアに希望を見せた。
やはりレイも、彼を嫌っているわけではない。
レイにとっても、シンは大切な人間に位置づけされてるのだと。

「見たでしょ? シン君が被ってた帽子! あれ、君のよ?!」
「……あれ、は……」

そこまで言われ、レイの頭の中で「帽子」=「卒業祝いの白帽子」と合致する。言われてみれば、シンは帽子を被っていた。しかしレイは、かの帽子にはあまり興味が無く、形すら覚えていないのだが……

「……俺のだという証拠はない」
「証拠ならあるわ。ちゃんと名前書いてあったもの。レイ・ザ・バレルって。これ、君の本名でしょう?!」
「――ッ関係ない!」

声を荒げ、彼は部屋を飛び出した。扉に背をつけるレイは、珍しく肩で息をしている。
それだけ感情を露にした、ということ。


彼は本当に、シンがずっと自分を恨んでいると思っていた。
恨まれて当たり前だと。シンにしてきた仕打ちを考えれば、この結論に行き着くのは、ある種当然とも言える。
彼はシンを「ギルバート・デュランダルの手駒になるよう導いてきた。
自分と同じ様に。
デュランダルにとって、自分もただの駒であると、彼は認識している。
全てはデュランダルのために。シンを孤立させ、自分やデュランダルを信用させ、彼の取るべき道を一本に絞らせた。
時には、彼が取りたくない選択すら選ばせた。

だから、シンが自分を「友」だなんて――……そう言われてはいけない自負が、彼の中にある。
逆に言えば、罪悪感がある、ということで。


倉庫で邂逅した時の、シンの顔がちくりと胸に棘を刺す。
あんな顔、もう見たくないのに……


「――レイ」
「!!」


突然声をかけられ、レイはハッと顔を上げた。視界に入るのは、現在、デュランダルに代わり、自分の生命ラインを握っているライドン。動揺を悟られまいと、彼は瞬時に冷静な自分を作った。


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