プラントの鼓動




「カフェオレ二つ、お願いします」

シンは、頭が真っ白だった。
街角で偶然ミリアリアと再会したかと思えば、挨拶もほどほどに腕を引っ張られ、連れて来られたのは、人もまばらなレストラン。その一番奥の席に案内されたかと思えば、こちらに何か訊くまでもなく、ウェイトレスに飲み物を頼んで。

「あ、シン君、カフェオレ飲める? とりあえず温かいものって思ったんだけど……」
「……大丈夫、です」

注文を受けた店員がいなくなってから、確認の声が響く。
肩をすぼませ、挙動不審げに辺りを見回して……彼女とどんな会話をすれば良いのか分からず、目をそらし続けた。すると、

「……ねえ、シン君。さっきから静かだけど……もしかして、私のこと覚えてない?」
「え? いや……覚えてます、ミリアリアさん……でしたよね?」
「そう。ミリアリア・ハウ。良かったー。忘れられてたらどうしようって、ハラハラしちゃった」

彼女は、とにかく明るかった。シンとは真逆に、辛気臭い表情など見せようとしない。
その姿が、シンには眩しく見えた。

「あ、そうだ。帽子、貸して?」
「――え?」
「帽子。少し濡れたでしょ? ほら、ここにかけて乾かした方が良いんじゃない?」

言ってミリアリアは、自分の横にあるフックのようなものを指差した。本来は帽子をかけるような物ではないだろうが、この際、使えるものは使わせてもらおう。
シンも、大した拒絶はしなかった。

「……お願いします」

小さく言って、帽子を渡す。ミリアリアは、そのまま帽子をフックに――


〈――え?〉


かけようとした瞬間、内側に書いてある文字を見つけ、目を細める。


「……どうか、しました?」
「あ、ううん。ごめん、なんでもない」

深く考えず、ミリアリアは帽子をかける。
それから数分間、場はミリアリアの一人舞台だった。彼女は色々話しかけるものの、シンは相槌を打ったりはするものの、自分からは喋らず、聴いてるだけ。
登場したカフェオレに口をつけ、彼女の話に耳を傾ける。

「……ところでシン君、あんな所でボーっとして、何かあったの?」
「……俺、ですか?」

突然話を振られ、シンは固まった。別に、彼にはミリアリアに話すことも、話したいと思うこともない。出来れば放っておいてほしいとすら思うほどだ。
しかしその反面、彼女の声は心地良かった。もっと聴いていたいとすら思った。


どちらが本心なのか、分からないほどに。


「悩み事でもあるの?」


訊かれても困る。出会ったばかりの人間に、簡単に話せるような悩みは抱えていない。


全てから逃げたかった。
何もかもが、耐えられなかった。
だから、逃げ出した――けど――……


「友達のことで……ちょっと」
「友達か〜。こじれると、結構大変なのよね」
「こじれるとか……そんなレベルじゃなくて……」


気付くと、シンは話していた。
なぜ?
分からない。
実際、自分でもどうして話しているのか、本当によく分からない。
ミリアリアとの間に温度差を感じながら、彼は話す。


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