未来の道標





イザークが着込むのは、特徴的な評議員の正装だった。
そう。今日からイザークは、評議員の仲間入りを果たすのだ。
実はこれでも、かなり時間がかかった就任劇だったりする。本当は三年前、ラクスが議長の任に就いた時点で、イザークに「評議員への就任要請」は再三に渡り送られていたが、彼はその都度断り続けていた。
理由は――自分が行なうべき「ザフトでの仕事」が終わっていなかったから。
骨組みすら危うい状態のザフトをそのままにして、軍を抜けるのは彼の理念に反した。確かに、評議員になり、外から作り込む事は可能だ。しかし、内部を見なければ、内側をしっかり作らなくては、どうにもならない。張りぼてではすぐ崩れてしまう。
彼はアスランや仲間たち、そして上層部と力を合わせ、三年かけてザフトを再び作り上げた。
土台は出来た。
その求心力と実行力を買われての、何度目かの、議員就任への打診である。
鏡の中で、襟を正す。その奥から、イザークを呼びに来たであろうシホの声が通った。

「良くお似合いです、隊長……いえ、ジュール議員」

『隊長』と言ってから、わざわざ『議員』と言い直すシホに、イザークは頬に汗を伝わせる。

「シホ……別に、言いにくかったら隊長のままでも――」
「いえ、そうは参りません。隊長もう隊長でなく、評議員の地位に就くのですから。いつまでも隊長とは呼べません」

敬礼するシホは、白の軍服を纏っている。彼女も本日付で、白へ昇格する手はずになっていた。
その主だった任務は、イザーク・ジュール『議員』の護衛である。

「隊長――もとい、ジュール議員は、私が命に変えてもお守りいたします」

にっこり笑うシホに、イザークは「やれやれ」と肩をすくめた。







その頃、官邸の一部屋に、立ち尽くすアスランの姿が見えた。座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がった、と言った方が正しいか。
思わず立ち上がってしまったのだ。オーブの代表として正装したカガリが、勢いよく部屋に入ってきて。

三年経った。
まだ共に歩めない――と別れて三年。アスランは、ようやくオーブに『戻りたい』との意思を、ラクスに伝えた。
『行く』のではない。『戻る』のだ。そう聞いたラクスは、引き止めようと思えなかった。ちょうど公務でカガリがプラントに来るから、その時に直接話をしよう、と言って。
そして、ラクスから一通り事情説明を受けたカガリが、アスランの待つ部屋へと飛んできたのである。
よほど急いだのだろう。呼吸を整えようとしても、やはり肩で息をしてしまう。最終的に、カガリは無理矢理自分を落ち着かせ、笑顔で手を差し出した。


「おかえり」


久しぶりに、しかもプラントでカガリから聞いた言葉が「おかえり」で、一瞬、アスランは対応が遅れた。
しかし、今の彼には一番合う言葉かもしれない。
静かに、アスランが手を重ねる。
デュランダルの元に渡り、フェイスになって……ずっと離したままだった手が、ようやく、繋がれた。


「ただいま」


何の迷いも無く、ようやくアスランは、その一言を紡ぐことが出来た。



カガリの左手には――銀色の指輪が輝いていた。







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