未来の道標






穏やかな日差しが、窓から注がれる。白衣に身を纏ったキラは、椅子に座り、机にある書類を手にしようとして――陽光の魔力に負け、少しだけ目を閉じていた。
一分だけ。
五分だけ。
なんてやっている内に、時は過ぎ――


「……何やってるんですか」


ぱこんっ。
十分後、キラの部屋にやって来た人物は、敬語を使いながらも、持っていたバインダーで彼の頭を叩いた。
頭部への衝撃で完全に目覚めたキラの視界に入るのは――同じく白衣を着た――レイ。
彼はまだ、生きていた。いや、誰にも彼がどれだけ生きられるかは分からない。
ギルバート・デュランダルの残した資料とデータ、ミリアリアの中に根付いたDNA抗体、それらを全て繋ぎ合わせたキラの手により、レイのテロメアを『正常』な状態に戻すことは出来た。けれどここに至るまでに、レイの体は大分無茶を要されていた。実際問題として、体力は大きく落ち、『一例目』ということもあってか――時々、発作が起きる。
体内でテロメアを戻してくれた抗体による、拒絶反応。

「ごめんごめん。ちょっとだけって思って……」
「学会が近いんです。寝る前に働いてください」
「ほんと、厳しいなあ……」

言いながらも、キラの顔には笑みがあった。
手術を終え、自分のこれからを模索していたレイに手を差し伸べた者、それがキラである。一緒に、遺伝子治療の研究をしよう、と。


遺伝子。
キラもレイも、遺伝子に翻弄されるように生きてきた。最初こそキラの申し出を断ったレイであったが、翻弄されて来たからこそ、同じように苦しむ『同種』を救いたい、という思いもあって。
数日悩んで、彼はキラの手を取った。
そして――

「失礼します」

ノックと共に、これまた同じく白衣を着たメイリンが現れた。
戦いの後、遺伝子工学を専攻し、晴れてこの春から助手として働いているメイリン。その手には、たくさんの資料が詰められたバインダーが二冊ほど見える。

「すみません、時間かかっちゃって……これが、言われてた資料です」
「ありがとう」

キラは受け取ると、真剣な眼差しで中身を確認した。
それは、次の学会に提出する資料。遺伝子治療の最先端を目指すものだ。

「そうそう。今日、ルタさん仕事復帰するって」
「元気だな、あいつは」
「レイのこと、心配してたよ?」

ルタ・エスター。レイと『同じ存在』である少年。彼もまた治療を受け、一ヶ月ほど前、ようやく退院して行った。
そして軍に復帰する。

「レイも……ザフトに戻りたい?」
「……いや」

不思議とあの場に戻りたい、という意思はない。ザフトにいた当時は、自分にはこれしかないと――軍人となり、手駒になるしかないと思っていたのが嘘の様に、今のレイにはやりたいことがある。
自分やルタ、それにラウ・ル・クルーゼのように遺伝子によって運命を狂わされている人間を、一人でも多く救いたいと――

「……あれ、そういえば……」

二人の話に、ふとキラが顔を上げた。

「どうしました?」
「いや、今日だったなー……と思って」
「他に何かあるんですか?」
「新評議員の就任式」

キラは座ったまま、窓の外にそびえ立つ、巨大な議事堂に目を向けた。







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