シン




たくさんの場所で、大きな歓声が上がった。Lシステム崩壊。それを知った者の誰もが喜びに沸く。しかし一箇所、その報告を受けながらも、手放しで喜べない場所があった。
ミネルバの、医務室。
シンの働きに安堵しながら、レイは医療チームとメイリンの治療にあたっていた。その様子を、ヨウランとヴィーノも固唾を呑んで見守っている。

「あとは、意識が戻れば……」

なんとか術式を終え、医療班の一人が呻いた。
出血量が多かったのが、ひどく気になる。意識さえ戻れば一安心なのだが――彼女の目があく様子が無い。
逆に言うと、意識が戻らない限り、最悪、このままの可能性もある。


レイは願う。
シンは、約束を守った。ちゃんとLシステムを破壊したのだ。自分も、彼に願われたことを……メイリンの命を救いたい。今のレイが持つ、偽りない感情だ。
どうにか、目を覚ましてくれないだろうか。
その時、視界の端でヴィーノが動いた。
彼は早足でメイリンの元にやってくると、手を掴み、そして彼女の耳元で、思いっきり叫んだ。


「――俺、メイリンが好きだ!!」


それは、彼なりの考えだった。彼女に訴えかけること。彼女の魂を揺さぶること。そうすれば、メイリンが目を覚ましてくれるんじゃないか――と。何を言おうと考えて駆け寄ったわけではない。とにかく話しかけようと思って、手を握って、そしたら自分でも驚くほど自然に、これまでずっとひた隠しにしてきた「メイリンへの想い」が暴走してしまったのだ。

「士官学校で一緒のクラスになってから、ずっと! ずっと好きだった!! なあ、俺、もっとメイリンと一緒にいたい。一緒に、色んな物を見たいんだ。だからさ、こんな所で死なないでくれよ!」
「…………」

この場の誰もが、目を丸くしながらも、ヴィーノの思いを見守った。
けれど、メイリンが目覚める様子はない。

「約束したじゃんか。今日、仕事が終わったらご飯食べに行くって!」
「…………」
「メイリンが死んだって言われて……すごく苦しくて……でも、生きててくれて……俺、もう、ほんとに嬉しくて……嫌だよ、もう……また、あんな……」
「………………」

飛来するのは、全大戦の折、メイリンがアスランと脱走したときに受けた喪失感だ。
そして、メイリンが死んだと聞かされた時のヴィーノを間近で見ていたヨウランも、たまらず駆け寄る。

「生きろ、メイリン!」
「頼むから……目、覚ましてくれよ!」

ぎゅっと、手に力が込められ――

「…………―の……」
「――メイリン?!」

ゆっくりと、小さくだが、メイリンの口が開いた。
目も、うっすらと開いて。

「……は、ずかしい、よ……」
「メイリン!!」

喜びのあまり、ヴィーノはメイリンに抱きつき――すかさず医療班が止めに入った。絶対安静の身に抱きつくなど、言語道断だ。

しかし、命を取り留めたことは事実。

レイは安堵の息をはき出し、考えた。
これから、自分はどうするのだろう――と。
考えても答えは出ない。

見えない未来。
不安になる心。

そして――


「……――――!!」


それは、突然来た。
激しい眩暈と嘔吐の感覚。彼は知っている。この感覚が、この発作が、どうして起こるのかを知っている。


けれど、これは。
今までに体感したことも無い、激しい脱力感。


視界が無くなる。


「レイ?!」


レイが最後に聞いたのは、ヴィーノの微かな声だった。





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