伝説の嘆き







「まったく、ひやひやさせてくれる……」

時計塔。
一人の評議員が、汗を拭いながら歌姫の『聖域』へと戻ってきた。
電話が入ったのだ。周りには決して聞かれたくない、とてもとても重要な電話。
自分がプラントを統べる者になるための、野心あふれる電話を。


議長になりたい。
願って願って願い続け、今、ようやく近い場所まで上ってきた。
電話は、そのための『鍵』を手に入れた――という報告だった。


これでクルゾフを出し抜ける。
議長『代理』を追いやり、自分が議長になれる。
夢はまさに、現実のものになろうとしている。


「……どういうことだ?!」


一方のクルゾフは、野心あふれる評議員が戻ってきた直後、珍しく声を荒げた。
電話を手に、一度だけ。あとは平常心を全開にし、未だ歌い続ける歌姫の後姿を目にしながら、淡々と報告を受けている。
オーブの機密が奪われた、という一報が入ってどれだけの時間が経っただろうか。続報がきたと電話を取れば、やってきたのは『ミネルバ墜落』の言葉。
歯車が、別の方向へ動き始めている。
ライドンのことは、徹底的に調査した。彼の性格、行動パターンは大体把握している。
練りに練った作戦。舵取りが上手くいかなくても、なんとか対処は出来てきた。しかし、ここに来て――この一番大事なところで起こってしまった、想定外の出来事。
ミネルバには、Lシステムを破壊する兵器が備えられているのに――

こうなっては、手動でプログラムを破棄しなくては。そのために、ウィルスディスクも持たせてある。
アスランにも早く、レベッカの機能を停止させてもらわなくてはならない。



――あれを撃たれたら、また、始まってしまう――



大いなる危機感の中、彼は別の場所に電話をかけ始めた。
数回のコールの後、目当ての人物が応答する。


《どうしました? 議長代理》
「そこからなら、エルザの中が分かるだろう? 今、どうなっている??」
《かなり大変ですよ》

電話の相手は、カンパニー地下から全てを見ているであろうディアッカだった。報告のまた聞きよりも、この方が手っ取り早く、そして正確だ。
そんな彼から告げられたのは、


《Lシステムが動いてます》
「……やはり、そうか……撃たれるまで、どれだけの時間を要するか、分かるか?」
《そこまでは……ただ、今システムを止めようと、動いている人間が数人います》
「……なるほど」

その『数人』でシステムを止めることは可能か否か――計り知ることが出来ない。

《……議長代理。一つ、質問しても良いですか?》
「急を要することか?」
《個人的に一つ……ライドンにさらわれた人間がいます。もしその人間の腕に注射針で刺されたような痕を見つけたら――何があったと想像できますか?》
「…………十中八九、試験用の薬物を打たれたと思って良い。遺伝子レベルに働きかける、何かの薬を」
《……そう、ですね……》


電話が少し遠くなる。



「ミリアリア」

一方ディアッカは、電話を繋いだまま、ミリアリアの二の腕を掴みあげていた。
ちょうど、あの痕跡が天井にさらされるように。
彼女が話を切り出すのを待とうかとも思ったが、彼の中にある警報装置が、それを許さなかった。
事は、一刻を争うレベルかもしれない――


「いつ、つけられた?」


苦しそうなディアッカの顔。
そしてミリアリアは、今にも泣きだしそうな顔になっていた。






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