紅乙女




「ちょっと! 少しくらい待ってなさいよ!!」
「遅れるルナが悪いんだろ?」

部屋に入るなり文句を言うルナマリアに、悪びれた様子の全く見えないヴィーノが、まるで挨拶のごとく切り返した。
彼の言うことは間違っていない。100%、正しいことだ。ゆえにルナマリアは、反論することが全く出来ず、悔しい思いをする羽目になる。
拳を固く作り上げ、そこに全ストレスをぶつけ――

「それにしても、殺風景だよな」

何の気なしにヨウランがつぶやいた一言で、彼女の怒りは霧散した。
本当に、殺風景な部屋だ。家具は置いてあるものの、生活感はどこにも見えない。
ここは、シンとレイの部屋……もとい、シンとレイの部屋だった場所。

ザフトの寮は、行方不明者にまで部屋を分けてくれるほど、お人好しではない。所在不明となって三ヶ月で、部屋は明け渡さなくてはならないのだ。
戦死扱いのレイと、戦闘後行方不明となったシン。そして今日が、シンが姿を消して三ヶ月目となる。
シンとレイに、身寄りはいない。だから友人であるヨウランとヴィーノが片付けることになったのだ。

そこにアスランと、彼に声をかけられたルナマリアもやって来た。

「……でも、元気そうで良かった」
「ま、いつまでも落ち込んでられないからな〜」

つぶやくルナマリアに、声を返すはヴィーノだった。その目は自然と、シンの机に向く。
捉えられる、アカデミーの卒業写真。

「……せめて一言くらい残してけっての……」

とてつもなく小さな悲鳴に、三人は言葉を放てなかった。

三ヶ月前――最後にシンを見たのは、他ならぬヴィーノである。夕方、それまで一度もかぶったことの無い、半ば部屋のオブジェと化していた『白い帽子』を身に着けたシンが外に出ようとしているのを見つけ、彼は「どこに行くんだ?」と声をかけた。



「……本、買ってくる……」



それが最後の言葉。
どうしてあの時、そのまま見送ってしまったのか。一緒に行くなりすれば良かった――と、ヴィーノはずっと悔やんでいた。


「レイはほとんど、私物置いてなかったみたいだ」

暗い空気を払拭するよう、ヨウランが話を切り出す。
レイ。戦闘の最中メサイアに入り、崩壊に巻き込まれてしまった少年……思い起こせば、とても不思議な男の子だった。同年代とは思えないほど落ち着き払い、全てを見通すような回転の速い頭と、恐ろしさすら漂わせる瞳を持ちあわせ、ギルバート・デュランダルを心から崇拝して……
と、ルナマリアがレイを思い出していた時だ。

「シンは……ん?」

続いてヨウランは、シンの机を開けていった。空の引き出しが続く中、ふと、彼の手が止まる。

「何だ? これ」

取り出されたのは、鍵のつけられた本と、一枚の手紙。封は開けられているようだ。
自然と手が、手紙を開く。

「ヨウラン、人の手紙を勝手に……」
「いや、でも気にならないか?」
「そりゃ……なるけど……」

咎めながらも本心を突かれ、ルナマリアは口ごもる。
同時に――

「――!! ヨウラン、ちょっと、封筒貸せ!」
「あ!」

ヨウランの手に隠れる様に存在する差出人の名前を見つけ、アスランは封筒を奪い取った。


*前次#
戻る0

- 12 /189-