君のための正義





「――うそだろ?」

時計塔から飛び出した瞬間、アスランは足を止めた。いや、止めざるを得なかった。
外は人で溢れ、簡単に身動きの取れる状況じゃない。しかもラクスの歌に呼応するように、熱狂は渦を巻き、こちらの声が簡単に通るような様相も無く、


「通して……道を開けてくれ!」


人垣から抜けるだけで、かなりの時間を使ってしまう。
とりあえず建物と建物の間に逃げ込み、一息ついて、辺りを見回して……愕然としてしまった。
人が多すぎる。
どこもかしこも人、人、人。まるで障害物のように、人は波を形成している。目指すCドッグが広場から幾分近い位置にあるとは言え、これでは十分弱でたどり着くなど、不可能だ。
立ち止まっている暇など無いのに――


「――あ、やっぱり、アスランさん!!」


背後から声がかかったのは、そんな絶望感に襲われた時だった。

「何やってるんですか? ……あ、もしかして、ラクス様の護衛ですか?」

屈託無い顔で聞いてくるのは、赤い髪を二手に縛った少女、偶然広場に居合わせた、メイリン・ホークだった。
彼女とこんな所で再会するとは思ってもなく、アスランは面を食らってしまう。

「……アスランさん?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ……」

言いながら時計を見、軽く舌打ちをする。
長針は、彼の予想以上に進んでいた。


「このままじゃ、間に合わない……」


小さく、本当に小さく呟くアスラン。だが、その小さすぎる嘆きは、しっかりメイリンの耳に届いていた。
その言葉、そして落ち着かない表情で人垣を眺める姿に、彼女はアスランの置かれている状況を悟る。

「どこですか?」
「は?」
「目的地は?!」
「え、Cドッグ――!!」

とっさに答え、口を噤む。メイリンは今『民間人』なのだ。軍属の自分がこれからどこに行くとか、おいそれと話して良い人物ではない。
だが、発言を撤回する前に、メイリンが動いた。
アスランの手を取って、彼女は走る。

「こっちです!」
「あ、おい、メイリン! どこに――」
「Cドッグ! 急いでるんでしょう?! 私、近道知ってます!」
「――駄目だ!!」

アスランは無理矢理、足を止めた。彼女は構わず進もうとするが、いくら引っ張ったところで、動く気の無いアスランを走らせることなど、出来るはずも無く……

「君を巻き込むわけには行かない」
「そんなこと言ってる場合ですか! 急ぐんでしょう?!」

反論が、即座にアスランを襲う。

「だが……じゃ、その近道を教えてくれ!」
「説明してる時間が勿体無いです。ついて来てください!」

怒ったように、メイリンは走り出す。アスランは、仕方なくメイリンの後をついて行った。
彼女を放っておく事など出来ない。それにメイリンは、Cドッグへの近道を走っている。この状況で頼れるのは、彼女一人なのだ。
先に走り出したメイリンに、十数秒ほど走ってアスランは追いつく。同じタイミングで彼女はある建物の中に入っていった。

「おい、メイリン!」

そこはCドッグとは全く関係の無い建物で、彼は再び、その歩みを止めてしまう。
寄り道している暇など無い――アスランはメイリンを止めようとするが、既に彼女はエレベーターの中に入っていた。

「早く、アスランさん!」
「だ、が……」
「大丈夫です! 信じてください!!」

エレベーターの階層ボタンをしきりに押しながら、メイリンは訴えかける。
気付くと、アスランの足はエレベーターへと向かっていた。
迷ってなんか、いられない。メイリンは近道を知っていて、これは、その道の一つなのだから――……
彼がその狭い部屋に足を踏み入れると、エレベーターの扉は、静かに閉まっていった。





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