贖罪の唄






「……みなさん、こんにちは。私は、ラクス・クラインです」

一曲歌い終え、ラクスは優しく語りかける。
集まった人々は、それだけで静まり返った。
彼女の声を、彼女の言葉を、一言一句、聞き逃さないように。

「本日は私のために貴重な時間を割いていただき、誠にありがとうございます。突然このような形で私の歌を聴かされ、ご不快にお思いの方もおられると思いますが……」
「そんなことない!」
「ラクス様の歌を聴けて、みんな幸せです!!」

ラクスの言葉に、広場の人山から、悲鳴にも似た叫びが飛んだ。
目を凝らせば、心配そうな顔つきが、至る所に見える。


「……ありがとうございます。みなさん、本当に……お優しい方ばかりですね」


心に痛みが走る。
それでも彼女は頬を緩め、続けた。

改めて突きつけられる、自分の存在の重さ。
それは彼女を前にした人々も同じだ。いかに自分達が、ラクスを必要としているか。



彼女を愛しているか。



「……ある日、プラントを悲しみが襲いました。その悲しみは形を変え、地球を悲しみで覆いました。
報復の連鎖は新たな火種を生み続けます。

みなさん、今一度、考えてください。

私たちが求めているものは、何ですか?
争いですか?
憎しみですか?

私たちが欲するものは、何ですか?
同じ悲しみを、別の誰かに負わせることですか?
新たなる悲しみを芽吹かせることですか?


地球に住まう方々も、そして今、私の声を聴いてくださるあなた方も、同族なのです。
私達は、同じ『人間』だということを、どうか忘れないで下さい。
プラントの平和。地球の平和。願うのがどちらか片方ではいけないことを、思い出してください。

私は願います。
地球と、プラントの平和を。

ですがそのために、私は二度も、ザフトの方々に弓を引いてしまいました。
止めさせなければいけない……これ以上、悲しみを増やしてはいけない……そんな思いで、戦争を止めたいがための行動でしたが、結果的には、裏切ったという形に取られた方も、たくさんおられたのではないでしょうか。
その方々には、大変申しわけなく思っております。
本当に……申し訳ありませんでした」


そこまで『演説』し、ラクスは頭を下げた。
みんなが目を見張る。驚き、どよめく。



ラクス・クラインには、とても似合わない光景に――



「ラクス様!!」
「ラクス様、顔を上げてください!」

悲痛な叫びが、広場を支配する。
彼女の目には映らないが、この場にいない人間も、離れたところから彼女の姿を見守っている者たちも、祈るように見入っていた。


頭を上げて、と。
そんなこと思っていない。
誰もがそう願う。


暗殺実行部隊すら、まるで仕事を忘れたかのように、彼女の姿に圧倒されている。
狙うなら今なのに、出来ない。
この引き金を引けば、仕事は終わり、彼女はその生涯を終える。でもこの姿を実際に、その目で見せられて。


これで、引けと?
彼女を、殺せと?


時計塔の中も同じ。
ラクスの行動に、騒然としている。

彼女が顔を上げたのは、十秒ほど経ってからのこと。


「みなさんの悲しみ、私が受け止めます。
私が背負います。
それが私の、唯一の罪の償い方だと信じます。

私を裁くのは、誰でもありません。このプラントに住まう、皆さんです。
そのために私は、この場に来ました。
どうかみなさん、私を裁いてください。
その苦しみ、悲しみ、憎しみ、全て私にぶつけて下さい」


これは『審議』。
ラクスが裁かれるための『審議』。
彼らの思いが、彼らの感情が、ラクスの刑を確定させる。


「そして……私の言葉に、少しでも共感を覚えてくださった方。
出来ればもう少し、私の歌を聴いてください。
私に歌わせてください。
平和の歌を。懺悔の歌を。

全ての人に捧げる、私の、今の想いを……」



大きく息を吸って。
ラクスは再び、歌い始めた。





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