【トールの真実】



目を開けると、不思議な光景が広がっていた。
ベッドに横たわる自分。ララと話していた途中から記憶が無いことを考えると、もしかして倒れたのか……なんて考えている内に、ミリアリアには信じがたい風景が、そこにあったのだ。
キラがいる。
サイがいる。
そして……トールがいる。
三人が、笑い合っている。

「ミリアリア!」
「大丈夫? 苦しいところとか、ない?」
「ない、けど……」

目線はトールを外れない。
トールを見ながら、ぽつりぽつりと呟いていく。

「どうして、トールがここに……」
「ディアッカが連れてきてくれたんだ」

それもまた、信じられない話だった。でも、誰も否定しない。本人に聞こうとしても、当のディアッカの姿も見えない。

「ディアッカは?」
「マリューさんに呼び出されて、ブリッジに行ってるよ」
「……そう」

つまらなそうに呻き、改めてトールを見る。
本物だ。本物のトールだ。

「……ごめんな、ミリィ。ララ、変なこと言ってっただろ」
「変じゃないよ。彼女も必死なんだから」

ララの話題にも、穏やかに対応できている。


キラがいて。
サイがいて。
トールがいて。
まるで昔に戻ったような感覚が、部屋を支配する。


「生きる力をくれた人なんだ、ララ」
「大切な人、なんだ」
「大事な人。自分の力で、守りたい人たち。俺は……この島の人たちと、生きていきたい」
「なら、おばさん達にもちゃんと伝えなきゃ。生きてるんだから、教えてあげて。じゃないと……悲しすぎるよ」
「……変に、生きてるって期待させない方が良いのかなって、思ったんだ」

それはミリアリアにとって、理解できない言葉だった。
キラとサイの表情も曇る。

「何が、期待なんだよ……お前、ここに生きてるじゃないか」
「もしかしたら……二度も訃報を聞かせることになるかもしれないからさ」
「二度、も?」
「……怪我の後遺症で、体の自由が利かなくなってきてる。最初は右足だけだったけど、いつの間にか左も全く動かなくなった。この頃は右腕を動かすのも辛くなってきてる」
『!!』

ミリアリアは息をのんだ。
キラはよろけ、サイは呆然と立ち尽くす。
声が出ない。
意識を闇に落としそうな、悲しすぎる宣告。
あまりにも――突然の。

「結構楽観視出来ない状態らしいんだ。上手いこと付き合っていければ、長く生きれるかもしれないし、逆に、一週間後には死んでるかもしれない。だから……言いたくなかった。心配かけたくなかった」
「嫌よ、そんなの……ちゃんと教えてよ!」
「……見せたくないんだよ。弱音吐いてるとこ。それに、どうなるか分からないからこそ……再会した時、あんまり触れないようにした。憎まれ口叩いてでも、みんなが最後に見た俺は、元気な姿にしておきたかった」

トールなりの思いやりか。
それとも、トールだけの我儘なのか。
どちらにしろ、彼の言葉は責める意思を失わせた。

「……どうして、話してくれる気になったの?」

沈黙を破るのは、ミリアリアの問いかけ。

「そこまで思ってて、どうして……」
「あいつ――ディアッカに、がつんと言われた。俺には言う義務がある――って。どんだけ心配かけたか分かってるのか、ってさ」

きっとそれだけじゃないだろう。トールがこれだけ、先ほどと違う「以前の姿」を見せてくれるのだ。もっと色々、壁を砕くようなことを言われたと思う。
知りたい――が、無理に聞き出そうという気は起きなかった。

彼らの中で、何か通じるところがあった。
二人で話したことで、トールが真実を話してくれた。
それだけで良い。
今、この現実だけで良い。


「……そうだ、ミリィ。頼みがあるんだけどさ……このカメラ、貰ってくれないか?」

言ってトールは、膝に抱えていたカメラを差し出した。

「別れの、餞別に」
「でも……大切なものじゃ……」
「心の恩人だよ。どん底の俺に、光を与えてくれた、大切な……けど、もう……使えないんだ」

寂しそうに、トールは言う。

「元気になったら、この島以外の物の撮ってやりたかったけど、俺には無理だからさ……他の世界を、見せてやってほしいんだ。ミリィが使ってくれても良いし、無理なら家に送ってくれても良い。俺からの土産ってことで」
「……おばさん達とも、連絡とってくれるのね?」
「ああ。まだ電話通じないから、手紙からだけどな。手紙自体、物資補給の傍らだから、いつ投函出来るかわからないけど……」
「じゃ、私達の方が先に動けそうだったら、その手紙、私が届けるわ」
「良いのか?」
「うん。でも……このカメラは、私が使わせてもらうから」
「……ありがとう」

ゆっくりカメラが受け渡される。
トールの手からミリアリアの手へと。
それは――……別れの合図でもあった。

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