【君のこころ】




不思議だった。
衝撃的な、胸を貫くような、とても苦しい心の吐露のはずなのに……ミリアリアは冷静に受け止め、そしてララに同情すらしていた。

「私から、トールを奪わないで……」

言わば恋敵宣言も、自分云々の前に、彼女を心配する気持ちの方が強い。
痛いほど伝わってくる。どれだけララが、トールを必要としているか。傍にいてほしいのか。
――好きなのか。

自分だって、トールが好きだ。好きという気持ちに偽りはない。
では、今抱いている感情が、ララの言う「好き」と同じ種類の「好き」かと聞かれると、それは違うと思い知った。
完全に、いま。たった今、確信した。
好きと悲痛に訴えるララを見て、その奥に――ディアッカを見つけた。


泣きたい。
泣きたい。
自分の浅ましすぎる心に泣き喚きたい。


見つけた答えは、一瞬でミリアリアを心の闇に引きずり落とす。
まるで緊張の糸が切れたように……いや、違う。緊張が限界点を突破したのだ。
ぐらりと揺れる視界。
無くなる意識。
崩れる体――


「ミリィさ――」


倒れゆくその姿を目に、慌ててララはミリアリアに手を伸ばした。
攻めすぎた――そう後悔する瞳に、突然「第三者」が入り込んでくる。今まで気配すら見せなかった「第三者」は、驚くべきスピードで、地面に体を打ちつけそうになったミリアリアを抱きとめた。

「……っぶねー……」
「あなた……」

驚くべきことに、現れた第三者は、今まで話題に出していた男だった。
名前は知らない。ただ、ミリアリアの事をとても大切に想っている、とだけ認識している。
まるで自分と同じような境遇の男。

「……彼女、大丈夫?」
「ああ。ずっと気ィ張り詰めっぱなしだったからな。そろそろ切れると思ったんだよ、ったく……」

言って、顔にかかる髪を撫で払う姿にすら、愛しさを感じる。
どれだけミリアリアを好きか、態度が表わしていた。

「……あんたもキツイと思うけどさ、今日はこれくらいで勘弁してやってくれよ」
「勘弁もなにも、私の用事は終わってわ」
「そっか。じゃ、帰ったらトールに伝えといてくんねーか?」
「え?」

ミリアリアを抱え上げた男から「トール」の名が出て、ララは驚いた。
彼から、その名が出るのは予想外だったらしく、瞬時に反応できない。固まっていると、もっと驚くことが口から飛び出す。

「あとで『ディアッカ』って男がケンカ売りに行くから、首洗って待ってろ――ってな」
「な、何よそれ――」

答えは返ってこない。言うだけ言って、彼はミリアリアを連れ、AAに帰って行ってしまった。
ララは、その「ケンカ」の意味が分からず、しばし呆然としてしまった。





そして、ディアッカの行動は早かった。
まず医療班にミリアリアの診察をしてもらう。キラとサイに、ミリアリアのことを伝達する。彼らもまた、話を聞くや、彼女の元に駆けつけた。

「過労が原因だとよ」
「ミリアリア……」

倒れたミリアリアは安静にしてれば良いという診断を受け、すぐに自室へと移された。
眠る姿はとても穏やかで、まるで倒れたと思えない表情。少し安心はしたものの、予断は許せないと感じていた。
このままじゃ、いけない……と。


「僕……トールを連れてくる」


最初に言ったのは、キラだった。

「キラ……無理だ、それは……」
「分らないよ。ミリアリアが倒れたって知れば、トールだって気が気じゃいられないと思う。それに……僕とは話さなくても良いけど、せめてミリアリアとはちゃんと、話し合ってほしいんだ」
「だな。男として、けじめの一つもつけてもらわねーと」

ディアッカが頷く。彼の言う「けじめ」という言葉は、二人の心に自然と入っていった。
二人は「恋人同士」なのだから。

「けど……どうやって連れてくる? 説得ったって、門前払いくらいかねないぞ?」
「ああ、そこは多分、大丈夫」

あっけらかんとした声は、ディアッカのもの。
彼は本当に、あっけらかんと続けた。

「ケンカ吹っかけといたから」
『は?』
「んだから、俺の名前で、トールにケンカ売りに行くって伝えてって、あの女に頼んでおいたから」
「それのどこが『たぶん大丈夫』につながるんだ!」

ぽかんと開いた口を先に閉めたサイが、なんとか声を絞り出す。
けれどディアッカはどこ吹く風。

「トールも『男』なら応じるさ。ってわけで、ひとっ走りケンカ売りに行ってくるわ」
「あ、僕も――」
「駄目。キラは待ってろ」
「でも……」
「俺も『トール』と話してみたいんだ」

そんなことを言われたら、ついて行けるはずもない。キラは、動き出しそうな足を止めた。
ここで、ディアッカがトールを連れてくるのを待つと、決めた。

「……頼むぞ、ディアッカ……」
「任せとけ」

片手を上げ、ディアッカは部屋をあとにした。

「心配しなくても、人間の気持ちなんざ、そう簡単に変わんねーよ」

そんな、意味深な言葉を残して――

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