【悩める少年】





〈どうして……どうしてどうしてっ!!〉


ミリアリアは混乱していた。考えることが多すぎて、どこから考えれば良いかも分からなくなって、闇雲に艦内を走って……気付くと景色は一変していた。
足が感じる土の感触。それは外に出た証であり、全ての問題から逃げ出すような行動にも思えた。
逃げたい。この世界から逃げたい。

「だからって……どこに行けってのよ……」

行く場所なんてない。トールの元――一瞬よぎった場所も、安住の地になり得る訳もなく。
こんな気持ちでトールの元になんていけない。
こんな……こんな状態の自分を見られたくない。
ディアッカのことで、頭が一杯になっている自分の姿、なんて――

「……ミリィさん、よね?」
「?!」

不意に名を呼ばれ、ミリアリアは顔を上げた。名を呼ばれたことに驚き、名を呼んだ人間を見つけ、もっと驚いてしまう。
目の前に、彼女はいた。
トールの車椅子を押していた――「ララ」が。





〈……間違って……なかった、よな……?〉


歩きながら、ディアッカは考えていた。自分のとった行動――いや、「とれなかった」行動について。
言いたくて言いたくて、けど、ミリアリアの顔を見たら、自分の気持ちを暴走させるなんて、出来なくなって……結局言わずに、手を離してしまったこと。
言ったら別の未来があっただろうか、なんておかしなことまで考えながら、目線を下に歩き――

「……ールは……どんな気持ちで、オーブの戦いを見てきたんだろう……」

それは展望室へとさしかかった時だった。キラの神妙な声が、思わずディアッカの足を止めさせる。きっとサイとでも話しているのだろう。話の邪魔をしても悪いから、気付かれないように通り過ぎようとしたが、

「どんな気持ちで、戦いの痕を見てきたんだろう」
「そりゃ、悔しいだろう。あの傷はアスランにやられた時のものだろうから……動ける状態じゃなかったと思う」
「……うん」


――アスラン。
たった一人の名前が、大きく重く、心にのしかかり、歩みを止めてしまう。
どうも気になる、二人の会話。

「……あいつ、ほんの数回でも戦闘機に乗ってるし、正義感の塊ってとこあるし……きっと、先陣切って守りたかったはずだ」

出来るはずもない。今でさえ車椅子での生活なのに、当時のトールに、自分の意思で身体を動かす力があったか、そこから微妙なところだ。

「でも……これ以上は、分からない。いや、これだって推測だ。もしかしたら全然違うかもしれない。分かろうとしても……きっと本質的に理解することなんて、出来ないと思う」
「そんな……」
「俺達に出来ることなんて、無いのかもな」
「サイ――……けどっ」
「あいつ、最後になんて言った?」

キラの「希望」を否定するよう、サイが言葉を重ねる。

「あいつ……帰れって言ったんだぞ? 俺達を嫌いになりたくないって言いながら……いや、そこは疑ってないけど……今のあいつにとって、俺達は、邪魔なんだと……思う」

口に出して自覚する。気付きたくないことに気付いて、言葉を失う。

「この島に居る限り、俺達に出来ること、なんて……それこそ、島を離れることくらいしか無いんじゃないかな……」
「サイ……」

キラが苦しみに目を細める。ディアッカもまた、やり切れない思いで一杯になった。
こんな弱気なサイを見るのは、初めてだった。少なくともディアッカが見てきたサイは、常に弱い部分を隠そうとしてきた。戦争が終わり、キラとミリアリアの落胆っぷりを間近で見ながらも、平静を装っていたサイが――こんなにも弱さを露呈している。
それだけ威力のあった、トールの言葉。

なぜだろう。何か……心が痛い。
奥歯を噛み、ディアッカはその場を離れた。足音を殺し、気付かれないように。
痛いのはきっと……サイ。サイの姿と、サイの言葉。





――俺達に出来ること、なんて……――





脳裏に響く、サイの声。
今、自分に出来ることは何だろう。
漠然とした不安が、ディアッカにとり付いた。

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