【言えなかったコトバ】



「――……っ…………」

口に出そうとした言葉は、とても伝えたい気持ちで。
伝えられたら、どれほど楽になるか分からない。
受け入れてもらえたら、もっともっと喜びが生まれる。
けれど。
今、言葉として表すには、とてもとても浅ましい感情で。
何より――……何より、それを「言葉」として出してしまったら、彼女が苦しむのが分かっているから。


ただでさえ、トールのことで頭が一杯なのに……そんなところで自分の想いを伝えるなんて、自分勝手も良いところじゃないか?


最後の最後に残された理性が、ディアッカを止めた。

「……何、よ」

続く言葉が紡がれる様子も無く、ミリアリアはディアッカを見上げる。
返ってくる言葉は無い。無いが――何かを「伝えたがっている」表情は、今にも泣きそうなほど切なげで、ひどい衝撃を与えた。
両肩を強く掴まれ、結構痛みを感じていたのだが……それを忘れてしまうほど、強い衝撃を。




なぜそんな顔をするの?
何を言いたいの?
……なんて、言えない。
聞けない。


分かってしまった。
何を言おうとしたのか。
何を……口に出そうとして、我慢してるのか。




それが分からないほど、鈍感な人間ではない。




「俺は…………心配、なんだよ……お前の、こと……」



まっすぐにミリアリアを見て、ディアッカは言った。

「すごく……すごく大切な人間が、苦しんでたら……助けたいって思うだろ」
「…………ごめん」

何を言って良いか分からず、ミリアリアは謝罪の意を持つ言葉を放った。
ディアッカとは違い、目を見ることが出来ない。



こんなに思われてるのに、こんなに思ってくれてるのに、何も返せない自分。
受け入れることも、拒絶することも出来ない、弱い心。

トールは、とても大切な人。
けどディアッカも、同じくらい大切な人。
自分の中で、どちらが大きい存在なのか、分からない。
目を伏せ、瞳に涙が溜まるのを感じながら、ミリアリアは謝る。

「ごめん、ごめん……ディアッカ……」
「……ミリアリア……?」
「ごめん……少し……少しだけ、一人にさせて……」
「……………………」

小さな訴えに、拘束するディアッカの手が緩む。そのまま彼女はデッキを去り、ディアッカもまた、一人になった。




言えなかった。
言えなくて……言わなくて、良かったのだろうか。
ミリアリアの姿を眺め、その背中が扉に消え……ディアッカは悩む。
迷う。
言えなかった事を後悔する。



好きだ――と。
言えなかったことを。
でも、やはり。
今のミリアリアを考えたら、伝えることなんか出来ない。
これ以上、頭を悩ませることなんか――……

「……駄目だ、結局堂々巡りだ」

考えたって、答えは出ない。この決断が正しかったのか、それとも間違えてしまったのか……自分の中で決着を付けられないまま、ディアッカもデッキを後にした。

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