【もう一つの未来に…】 「……戦場? カメラマン??」 宣告に、ディアッカは一瞬、言葉を詰まらせた。それはミリアリアも予想していた反応で、当たり前だな、とも感じた。 だって、そうだろう。ようやく命を奪いあう舞台から降りることができたのに、自分から再び上ろうとしているのだから。 ミリアリアは予感していた。止められると考えていた。 けど―― 「……本気?」 「ええ。それがトールの願いでもあるし、ね」 「トールの、願い?」 ぴくりとディアッカのこめかみが上がる。しかしミリアリアは、怯むことなく話を続けた。 「トールは戦争の悲惨さを伝えたいと思ってる。それは、私も同じよ。戦争がどれだけ醜いものか……どれほど愚かな行為か、もっとちゃんと認識してほしいって思ってる。だから――」 「最前線を写して、たくさんの人間に見せたい、ってか? そんな生易しい世界じゃないだろ」 「……けど、誰かが伝えないといけない。そして私は、その意志を持ってるわ。なら、やるしかないじゃない」 そこには、命の危険が付きまとうだろう。 けれど、黙ってなんていられない。 知ってしまったのだから―― 「止めても、やるから」 「……だろうねー。お前、一度決めたら梃子でも動かねーもんな」 ため息一つ、ディアッカは目を伏せた。 そして、言う。 「あーあ……こちとらオーブで平和な余生を過ごそうと思ってたのに……」 「別に、あんたは関係ないじゃない」 「まぁた酷いこと言ってくれるねえ」 苦笑いで作られる笑顔は切なさがにじむ。 「お前ひとり、戦場に行かせられると思ってんのか?」 「それは私が決めることよ」 「分ってるよ。止められないことくらい分ってんだから……なら、俺がやることは一つっきゃねーだろ」 「なに?」 「ついていく」 「…………はい?」 思わずミリアリアは聞き返した。 「止められない。でもオーブでじっとしてらんない。なら、現地についてくしかねーじゃんか。ほら、アシスタントとか、助手とかっているだろ?」 「え、え、え、え……で、でも、あんたが……」 「せめて傍に居させろよ。それも、だめ?」 「だめ、って……」 そんな問題じゃ、ない。 「私のわがままに、あんたを巻き込むわけ……いかないよ」 「俺は、巻き込んでくれた方が嬉しいんだけど」 ディアッカの手がミリアリアに伸びた。ほほに触れるとミリアリアは体を強張らせ、目を閉じた。 「……あんた、やっと『戦場』から離れられるのよ? なのに……」 「それはお前も同じじゃん。お前が行くなら俺も行く。そのためにこっち残るんだから」 驚くミリアリアを目の前に。 迷いなく、ディアッカは言い切る。 「俺の行動理由、分かってんだろ? お前、そこまで鈍くないもんな」 「…………」 何も言えない。 分かる。 分かるからこそ、ミリアリアは否定も肯定も出来ず、ただじっとディアッカを見つめて。 「……俺、邪魔?」 切ない問いかけが、ミリアリアを射抜いた。 「俺はまだ、お前の隣に立つ資格、無いか?」 「そんな、資格がないのは――」 とっさに後悔した。 問われて、「そうだ」と肯定できず、否定してしまったこと。 こんな状態で、一瞬でも素の心を見せてしまったら。 ……もう、偽ることができなくなりそうで。 奥底にしまいこんだ心を、押さえつけられなくなりそうで。 予想通り、ふき出してしまった。 「資格が無いの、私の方じゃない」 ぽろぽろ流れる涙。 次の瞬間、ミリアリアはディアッカの腕の中にいた。 「泣くなよ」 「泣きたくて泣いてるわけじゃないわよ」 「悪い悪い」 「謝んないで……悪いのは――」 「――俺だよ」 ディアッカは言い切った。 そして言わせない。ミリアリアに、「悪いのは自分だ」――と。 そこは偏に、ディアッカの意地。男のプライドが許さない一線とも言えるか。 「……いやだって言われたって、離れてやんないからな。もう、死ぬまで傍にいてやるから、覚悟しろよ」 「……うん。覚悟してる」 温もりに触れて安心する心。 拒絶を許さず、繋がる想い。 そして二人は、同じ道を歩んでいった。 別の道ではなく、まったく同じ道を。 数ヶ月後。 「あっちー……なー、少し休まねえ?」 「なぁーに言ってんの! 今日のうちに砂漠越えなくちゃいけないんだから、へたれた案は却下」 「別に明日だって……今日はこの町の宿に泊まってさ」 「……じゃ、あんた一人で泊まれば?」 カメラを携えたミリアリアが、椅子に座りこむディアッカを見下ろした。 ひどく冷たい視線を浴びせられたディアッカは、背筋を凍らせ、静かに立ち上がる。 手には荷物。ディアッカとミリアリア、二人分の荷物。 「あら、行くの?」 「お前、ほんと冷たくなったなー」 「『死ぬまで傍にいる』――なんて大口叩きながら、根性無しなこと言ってるから」 「そこ突かれると痛いんですけどー……」 肩を落としながらも、ディアッカはミリアリアの隣に立った。 当初から尻に敷かれ気味だった二人。しかしディアッカが放った「死ぬまで一緒」的発言のおかげで、二人の関係性はもっと深く、そして強いものとなっていた。以前から上がらなかったディアッカの頭は、以前以上に上がらなくなり、口答えしようものなら今のような反応。 「そろそろ行くわよ、ディアッカ!」 「はいはい。地獄の果てまでお供しますよ」 行く先に見える、赤い太陽。 砂漠を行く二人が向かう先には、命を賭する戦場がある。 戦場カメラマンの世界を選んだミリアリア。ディアッカは『アシスタント』という名目で、ミリアリアと歩む道を選んだ。 世界の片隅で起こる惨劇を伝えるために。 そして警鐘を鳴らすために。 争う先に待つものが何なのか。 その具体的な姿を、多くの人間に知らせるために…… fin. |